駒澤大学 陸上競技部 長距離 大八木 弘明監督
駒澤大学 陸上競技部 長距離
大八木 弘明監督 インタビュー

芝の緑とトラックのレンガ色が、美しく目に映える春の1日。塵ひとつなく掃除されたグラウンド脇で待機していると、練習に出てきた部員たちが次々に「こんにちは!」と気持ちのよい挨拶を投げかけてくれる。我々には初めて会うわけで、どこの誰であるか、まだ知らないはず―これも、『常勝軍団』を作り上げた「あの人」の教えなのだろう―そう確信しながら、強いチームの理由を1つ、つかんだ気がした。
日本人であれば、どこかの正月、テレビで一度はその顔を見たことがあるだろう、駒澤大学陸上部の大八木弘明監督。1995年に就任して以来、12~13位近辺に低迷していたチームを、いっきに箱根駅伝制覇6度(うち02~05年は4連覇)の強豪にまで育て上げてきた。正月の箱根を駆け抜ける選手たちを上回るかのようなエナジーで併走しながら、叱咤激励を授け続けるその姿は、「駅伝界で最も熱い監督」としても知られている。
出雲駅伝、全日本大学駅伝を併せた3大駅伝総合では、ここまで実に20回の優勝実績を誇る「常勝男」―そのメソッド、そして胸中とは―?じっくりお聞きした。

取材日:2014年4月23日

―新入生は、毎年何人くらい確保するのですか?
10人から12人くらい。スポーツ推薦で入学して来るから。
―部員総勢は。
45人くらい。各学年10人、プラスアルファ。一般で入ってきている子もいるし。
―その中で、箱根駅伝に実際に出られるのが10人…。
そうですね。実際に出れるのが10人、補欠を入れて16人くらいは強い選手を育てないと、勝てないね。
―春というのは、今年のチームを見極めている時期だと思います。今季はどんな感触ですか?
今年は、ほんとに勝負が出来るチーム。昨年は育成の年で、層が薄かった。
それに比べると、今年はその昨年の育成で下級生が伸びてきてくれたのもあり、ようやく層の厚いチームが出来たなという感じ。三大駅伝の勝負ができるチーム。
―楽しみですね。
そうだね。
―タイプ的には、どんなスタイルのチームと見ますか?
今の長距離はスピードが必須。箱根でも毎年、20kmとは言えどんどん速い展開になって来ている。
スピード=スタミナ、そういうものも身につけておかないと。総合タイムが10時間台で決まる大会になってきてる。今までは11時間5分台であれば優勝できるかなという感じだったのだが、最近は11時間を切らないと勝てなくなってきた。「スピード駅伝」という流れになってきていると思う。一人一人がスピード&持久力を身につけていかないと、箱根駅伝は勝てない。
当然、10000mのタイムを上げていかないと勝てないから、その辺を今強化しながら取り組んでいる。
―選手一人一人の体質も違う。
はい。性格から体質から、全然違うからね。それに合わせてトレーニングしている。あとは、戦略や戦術をしっかりしなければいけない。
一人一人の選手の特徴を生かせる区間、流れ、配置をきちっと見抜かないと、駅伝でいいレースはできないんだ。暑さに強い、弱いなど、やはり一人一人体質が違うから。
箱根の場合は、朝8時くらいのスタート時にはまだ暑さはないが、だんだんお昼くらいになると気温も上がって来る。
後半、3区、4区くらいになると少し暑いくらいになってくるから、やはり暑さに若干強い選手を。上りになれば上りに強い選手…というように、コースに合わせた選手を育てないと、やはり勝てない。だから、グラウンドに行ったときには常に、その子がどのような選手なのか――「精神的に強いのか脆いのか」――前半はいいペースで走るけど、後半になったらやはり我慢強さがなかったりとか、その精神的な弱さをどこで克服しなければいけないかとかのアドバイスをしなくちゃいけない。
その選手それぞれに、私のアドバイスのさじ加減をどうやるか。どうやってやる気にさせるか、それを考えながらやっている。
―怒ったほうがいい選手、褒めたほうがいい選手、いろいろいるんでしょうね。
そうそう。それも性格によって。ここで叱らなかったら、この子はこのままズルズル行ってしまうだろうなとか、この子は叱ったらぺしゃんとして次全然だめになってしまうとか、この子は叱ったら「なにくそ!」と発奮してやるだろうなとか…それは、長年見てきてるから、だいたい分かる。それが指導者のテクニックかなあ。
要は、選手をやる気にさせて結果を出させる、これが大事なこと。選手をやる気にさせないで叱るだけでは、全然先の結果が出てこず、ただ不満しか残らない。
―コミュニケーションを密に取るタイプ。
そうですね、取るほう。納得がいかなかった選手とか、または私も見てて納得がいかなかった選手なども、常に呼んで話をしている。
―選手は皆、寮生活と聞きました。食事はすべて監督の奥様が作っているとか…
そう。今でも。最初は賄いもおらず、私が就任した当時は弱いチームだった。自炊で栄養バランスも悪く、食事時間もルーズ。自己管理ができておらず、貧血になってまったく走れない選手も多かった。
ほんとに意識の高い選手だけが走っていて、意識の低い選手はまったくダメという状態。チームが強くなるためには、全員が高い意識を持たなければいけない。
門限もなく、寮規則もバラバラだったが、やはり生活をきちんとやるということが大事なので、規則を作り、門限を破ったら罰則とした。
―ちなみに、今の門限は何時なのですか?
平日は10時半。土曜日が12時、日曜日は11時。試合前はいつでも10時半。大学生は半分子供、半分大人で、遊びたい盛りの年頃…だから、土曜日だけは12時にして、遊んでこい!と(笑)。で、日曜日はどうしても、次の日また朝練が6時半くらいからあるから、11時までには帰って来いよ、と。そういうのがちゃんとできてれば、自然と選手たちの成果も出てくる。規則正しく生活できれば、やはりはっきりと結果に、走りに出てくる。
―駒大陸上部では茶髪、ピアス、サングラス禁止と聞きましたが、今でも?
ああ、そうですよ。私は禁止。まだまだ学生だから。本気になって取り組んでいるという姿勢が大事だし、見ている人には分かるから。
学生で、チャラチャラしていたら、なんなんだ!と(笑)。古い考えかもしれないが、自分で稼ぐようになったら好きなことをやっていいいが、今は両親から仕送りをもらっている身。そのお金は、陸上のために使うことが大事。全然関係のない無駄遣いをするのでは申し訳ない。そういう思いをきちんと持てよ、という意味をこめて、やはり学生らしくというのが、私のずっとやってきたスタイル。
―取材に訪れた私を見た部員たちはみんな、私が誰だか知らないのに、大きな声で「こんにちは!」と気持ちよく挨拶してくれました。大八木監督の教えだなと、すぐに分かりました。
そうですね。やはり、挨拶は基本だから。挨拶は分かるようにやれ!と常に言ってある。
―選手の素質、将来性を見極めるときのポイントとは?
トラックでポイント練習という少しハードな練習をするときには、「どこまでしつこく粘れるか」とか、苦しいときに最後のスピードが出せるかなどをポイントに挙げている。
ラストスパートが切れる選手なのか、そうでないのか。この子はやはり長距離に向いている、トラックでなくてロード派なのかな、などを見極めるためにね。あとは、クロカン(クロスカントリー)とかいろいろなことを見て、この子はアップダウンに強い、上りに強い、などを見抜いたり…。暑さに強い、弱いは、練習の中で分かる。この子はスタートのほうがいい、昼くらいに持ってくると暑くなってもうダメだな、などと見極めていく。
―往路に持ってくるか、復路に持ってくるか、ですね…。今でも「復路重視」の戦い方なのでしょうか?
いや、今は、だんだん変わってきていて、往路重視だね。そのほうが勝てる。以前は、そんなに駒を持っていないチームが多かったので、復路での逆転も可能だったが、今は割とどのチームも層が厚くなっている。往路で優位に立てれば、復路でもそのまま逃げ切れるというパターンが多い。
―なるほど…。各区間に向いている選手が数人いた場合、誰を出すかの決断はどんなことで下すのでしょう?
やはりタイムもあるし、安定性だね。試合を1年間やったグラフを見たとき、ムラがありすぎるとだめ。ここはきちんとつないでくれる奴がいいというところは特に、安定している選手を選ぶ。特に往路は、一か八かの賭けになるよりはね…。復路で、勝負しかないという場合には、当たると凄い奴を持ってくるときもあるが。「今日は調子がいいな」という奴が、スパーンとハマってくるときもあるからね。
―ちなみに今年の箱根(2位)は、選手皆が安定した走りができたのでしょうか。
うん。今回は、全部無難に走った(笑)無難すぎたくらい(笑)。もっともっと、カーン!と行ってほしい、というのが、何人もいた。
無難すぎたから、やはり相手(東洋大)にやられた。相手のほうが「良く走ったな」という感じ。うちも全体的に高いレベルで安定して走ったが、化けてほしかったなというのも事実。安定していたからこそ、駒大としては史上最高のタイムも出たが、相手はそれ以上の走りをした、だから勝てなかった。
―その反省を生かしながら…次回、来年の箱根では、「エース区間」として知られる2区を走れそうな選手はどのくらいいますか?
3人くらいいるよ。
―選手間でも激し争いになりそうですね。
戦いになるね。中村、村山、中谷。この中から誰かだろう。
―あまり褒めないと聞いていますが…。
そうだね。特に、うちは男子だし…。昔の人間なのかもしれないが(笑)、あまり褒めすぎると調子に乗るかなと。半分子供、半分大人だから…1年目、2年目は、まだまだ鍛えなきゃいけない。
高校から来て、まだ何も知らないから。大学の流れ、やり方を知らないし、20キロという距離を走る体力もない。だから、まずは体作りから入っていく。
まずは体を作って、そして3年、4年で勝負する。最初の1年間は、私がやってきたいろいろなことを教え、その中で失敗や成功、いろいろなことを経験して、そして3年になったら、今度は自分で考える能力、自主性、自覚を持って練習や生活に取り組むっていう風に流れを作っている。
そのあとさらに企業に行くと、自分でやれなければ通用しないからね。企業の監督はそんな丁寧に教えてくれないよ。
―監督ご自身も、ヤクルトで教えておられましたね。
企業では、自分でやらなけりゃいけない。今度はお金を稼ぎ、生活もかかってくる。そうすると、トレーニングだって自分で考えて自分で結果を出していかないと、給料ももらえない。信念を持って、自分の体を自分でコントロールできるような選手にならなければ。性格から何から何まで、自分のことを知り尽くさないとならないね。それを大学の3、4年で少しずつ身につけて、最終的には企業に行って本当の自分を作り出し、オリンピックや世界陸上の選手になれれば言うことはない。
それか、その企業のエース、中心選手になれれば、それで成功だと思う。その先もまた、指導者になりたいとか、いろいろあるだろう…。自分のビジョン、目標をしっかり持ってやってくれればいいなと思っている。
―監督オリジナルの練習メニューはあるのでしょうか?
うん、私のオリジナルは、やはりクロカンのペース配分とか…試合の何週間か前に、試合と同じようなペース間隔、リハ的なものをやったりとか、そういうものの入れ方などが、若干ほかの人たちと違うかなと思う。これくらいやれば、この何週間後にはこのくらいになるという、そういうものを自分で作り上げ、先を見通せる指導者じゃないとね。企業もみんな同じでしょ。経営者でも、売り上げがだいたい見込めないといけない。
スポーツでも、このくらいの練習が出来てれば、こういうものをここに入れとけば、これくらいのときにこういう結果が出るかなと。そういう見通しが立てられる指導者じゃないと、安定した駅伝の結果は出せない。常に優勝争いができるチームを作らないといけないというのが使命なので。
―大八木監督が作り上げた「常勝軍団」ですね。
そう、常勝軍団でないといけない。常に3大駅伝で3位以内には入るようにと言われていたし、優勝争いにからまないといけないとも言われるし。そのためにはきちんとしたデータを持ってないと。
―そういった優勝へのプレッシャーは、就任なさったときに既に背負っていたのですか?
最初はなかった(笑)、常に12,3番くらいのチームだったしね。それが、優勝を目指そうということで、右肩上がりに上がっていったチーム。
最初は楽しく力を伸ばしていって、5年目で頂点に立った。最初はポンポンと、6番、2番…という感じで上がっていって、そのあと勝ち続けて4連覇をやったときには「ああ、ここから負けられないな」と…そこからずーーーっと優勝争い。13年目に一度、ストーンと落ちたが、あれは私の油断だった。選手も育てきれなかったし…1回そういう失敗があって、もう一度立て直したい、自分のミスだと。
自分が手抜きをしていた場合は、やはりどこかで「その手抜きのせいだ」と自身で分かるもの。そのおかげで、ここ3年くらいはずっと3位以内にいる。今、ここに就任して20年。だんだん、戦い方が見えてきた。
―ご自身にも厳しい「常勝監督」には、ストレスも相当たまるときがあると思います。リフレッシュ法は?
それはもう、自分で飲みに出たリ…あとは温泉でのんびりとか。
―ご自身も昔は現役選手でした。マラソンが一番好きだとおっしゃっていましたが、その醍醐味とは?
努力したらしただけ、結果に表れること。これだけのことをやっていれば、1秒でも2秒でも伸びるということを肌で感じてきた。やってきたことに間違いはない、ということを感じられるスポーツ。1秒でも2秒でも伸びる楽しさ。それは一般の方でも、ちょっとロードレースをやってタイムが出たら楽しいとよく言っているよね。
―はたから見ていると、「苦しそう…」というイメージですよね(笑)。
ははは(笑)、そうでしょうね。でも、走っている中に楽しみがあるんだ。
その苦しい中に、楽しさがある。終わった後がもの凄く楽しい。満足感、何かやりとげたという達成感。それでお酒飲めたりしたらもう(笑)。
あれだけ走っているから飲んでも太らないだろうな(笑)という。いっぱい飲んだり食べたりしても、全然平気だからね。
―ちなみに、マラソンなどの長距離選手というのは、食事制限などはあるのですか?
ないです。みんな食べる。それだけ練習もしているし。食べられる子は、やはりスタミナがあるよ。
逆を言えば、食べられる子が、マラソンをやるようになる。
―指導者として、勝利以外に目指していることは?
指導者としては、「走る楽しさ」を教えられる指導者になりたい。やったらやっただけの成果が出るってことを教えられるような、学生たちにとって本当に影響力のある指導者でありたい。走る楽しさを忘れてたら陸上の成長もないし。あとは、大学だから、人間としても成長させないといけないけどね。それが、学生の指導者として大事なこと。プロじゃないから。
―監督ご自身が感じてきた「陸上の楽しさ」を伝えたいと。
そうです。私自身、本当に走ることが好きだったから。「駆けっこ」の楽しさを教えたい。
―競技者へのアドバイスをお願いします。
自分を大事に。自分のことを知って、そしてあきらめないこと。目標に向かって、自分で頑張ること。
―競技者が気をつけるべきこととは?
普段の睡眠、栄養、トレーニング。やはりこの3つをきちんとやるべきときにやること。あとは体のケア。体の手入れ、マッサージなど、そういったことを1つ1つきちんとやれたら、素晴らしい選手になれる。
―ずばり、今季の目標は。
箱根で勝つこと。昨年は勝てなかった。今年は勝つ、それがチームの目標。
今年は春先から27秒台が出ている。10000mで。あとは、日本選手権で入賞して、アジア大会に出られるような選手が出たら嬉しいね。

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