埼玉栄高等学校 女子陸上競技部 清田 浩伸監督
埼玉栄高等学校 女子陸上競技部
清田 浩伸監督 インタビュー

スポーツの名門として知られる埼玉栄。そんな中でも、2012年のロンドン五輪、戦後では最年少の16歳で代表入りを果たした女子陸上の土井杏南は話題をさらったが、その指導者がこの人、清田浩伸監督である。
もちろん土井だけではなく、同じくロンドン五輪代表となり、04~06年には史上初のインターハイ100m三連覇を成し遂げている高橋萌木子も、清田が育て、羽ばたかせた。北京、ロンドンと五輪強化委員も8年間務め、栄を指導してきた18年間ではインターハイ総合優勝7度。もはやほとんどの目標は成し遂げてしまったとつぶやく、超一流指導者なのである。
しかしスタートは、最初に赴任した中学で「たまたま」空いていた陸上部顧問を務めたことからだった。そこから、ここまで上り詰めた秘訣は何か?―――それはどうやら、海外をも含め常に新しい発想を学び続けることと、限りなく緻密な練習プランにあるようだ。現在は、ラインを使って部員全員にプランを発信。一人一人に合わせた、それぞれ違う練習メニューを作成し、感想やアドバイスなどのやりとりを綿密に行う。しかし一方で、どれだけストイックなのかと思いきや、そのライン配信やエクセル練習表を説明する表情は、まるで少年が得意のプラモデルを仕上げている最中のように楽しそうだ。「柔軟だが緻密、かつ楽しく」―――名将:清田浩伸の練習プランは、まるで監督自身そのものだと感じたのは―――間違いではないように思う。

取材日:2014年5月8日

―昨年で土井が卒業。今年度はどんなチームですか?
去年は飛び抜けた選手が一人いたが、今年は全体的に高校生としては非常に高いレベル。
各種目に選手が揃っているので、高校生らしい戦いができるのかなと思っている。
―どの種目が有望そうですか?
01年から毎年、テーマを持って取り組んできた。例えば2年前だったら、ロンドン五輪をテーマにやったりとか、その前の年だったらインターハイで総合優勝しようとか、そういうのを毎年掲げながらやっていた。今年に関しては、短距離、ハードル、跳躍、この辺にインターハイで十分に戦えるレベルの子が揃っているので、その選手たちがそれぞれの力を発揮してインターハイで活躍できたらいいなというのが一つの目標。
―土井や前年度のリレーのように、高校新などのスーパー記録が出そうな予感などはありますか。
去年の高校新も、あれは21年ぶりだったからね、リレーはね。
今年は、そういう記録は出そうにないけど、いわゆる高校生のレベルとしては、かなり高いパフォーマンスができる子がいるので、そういう意味ではインターハイでうまく戦ってくれたらなという感じ。
―有望な選手を見分けるポイントとは。
たとえば一番最近だと、土井杏南の場合は中学記録を作り、類まれなスピードがあって目立っていたので、誰が見ても素質は凄かったのだが、それ以外の子の場合は、何か光るものがあるかないかだろうね。
見ていて、「この子もしかしたら…」と感じられる、そういうものがある子は伸びる。例えば、もの凄くやる気があるとか、足が長いとか、体型がいいとか、バネがあるとか…いろんな部分があるが、長い間指導してきた経験を生かして見ている。
―短距離、ハードルなどは、どんな体型が有利なのですか?
身長、足の長さも確かに有利だけど、たとえば土井の場合は158cmしかなかったし、その前に世界で活躍した高橋は、170cmあった。だから、いちがいに背が高いから、低いからというのではないんだよね。
―多感な年頃、指導上で心がけていることは?
10年、20年前は、指導者が主体となって、トップ―ダウンで指示してやってくというスタイルが多かったし、自分もそうだった。だが今の子たちの場合は、やはり上から行くと萎縮してしまったりとか、力が出なかったりするので、今は同じ目線でやるようにしている。いわゆる命令ではなく、一緒に考えたり、ヒントを与えて考えさせたり。ここ数年は、そういうスタイルに変わってきた。
―現代っ子は、「がつん!」と怒るのはダメなんですね(笑)。
今は子供の数が少なく、愛情たっぷりに育ってきてるのでね。そんなに怒られたり怒鳴られたりという経験がないし、兄弟げんかもない。
そういう意味ではやはり、一緒に考えるというスタイルが伸びやすいと思う。
―選手たちとコミュニケーションを取るタイプの監督?
凄く取るほうというわけではないかもしれないが、できる限り一人、一人と考え方を共有するようにしている。
―怖い先生なんですか(笑)?
(笑)、どうなんですかね。まあ、優しくはないかなあ(笑)。でも、怖くもないかも。というのは、大声で怒ったり怒鳴ったりしないので。20年前はそれやってましたけどね。
今はやはり、そういうことすることで効果は出ないので。ただ、言い方などはもしかしたらきついときもあるかもしれないが…結構、心にぐさっとくること、直球投げちゃうときもあるから。でも、おだてて強くしようとか、できてないものを「いいよー」とか、そういうのはしたくないんだ。本当のことを正確に伝える。例えば出来てないものは出来てないし、出来てるものは出来てるから褒めるし。ダメなものはダメとはっきり言う。今はもう、映像もすぐに撮れちゃうし、ハイスピードカメラもあるから、こっちでいくら、「今のは良かったね」と言ったところで、映像を見てしまえばダメだなというのははっきり見えてしまう。
あとは、陸上の場合、タイムではっきり分かってしまうし。僕はある意味、怖くはないけど、クールかも。試合中は凄く集中してるし。まるで科学者のように、一人で黙々とやっているイメージらしい。
―現実的、理論的なコーチ。
できないからかわいそうとか、できるからどうのこうのというのはない。事実を正確に伝える。試合で1番じゃなくて2番だったとしても、その子としていいパフォーマンスが出来てれば、そのことについてはきちっと評価するし。1位だからといって、その子としてのパフォーマンスが良くなければ、ダメだと言う。
―先ほど映像の話が出ました。練習中に、撮影はひんぱんになさるのでしょうか。
土井杏南がいたころは、ほとんど映像を撮って、本人に動きを確認してもらいながら、次のステップに進むというスタイルだった。ただ、映像を見すぎちゃうと頭の中がパニくることもある。見せたほうがいい選手にはできるだけ見せるし、今は必要なければ見せない。ある一定の領域に入ってきたら、どんどん見せたほうがいいかもしれないかな。
―日頃の練習パターンは。
週5日。2日は休み。だいたい1回3時間ほど。ウォーミングアップして、全員練習して、補強やって終わり。朝も集まってるけど、朝はフリーなので、やってる子もいればやってない子もいる。
―3時間の練習の中で、どのようなメニューを?
ウォームアップの中にスプリント・ドリルが入っている。常に狙いを持ってやっているので、ウォームアップの中でいろいろ動き作りをしたりしながら、メイン練習につなげていく。自分はあまり走り込みとかの「根性練」が好きじゃないので(笑)、それまでやってきた技術を、メイン練習の中でどうやって表現するのかっていうのを見てる。だから、本数的に言えば、だいたい100mが2本であったりとか200m2本とか、少ないんです。あとはいわゆるスタートの練習とか、それがうまくからみあって、週5日の中でいろんな種目をバランス良く練習できるようにしている。
―清田先生独特の、オリジナル・メニューなどは?
埼玉栄自体が、私の前の監督のときからオリジナリティが高いクラブだったから、僕は実は、他の学校の練習はほとんど見たことがない。ここの練習が、最初見たときあまりにも衝撃的だったので、その練習をずっとやってきてる。たとえば、ちょっと長い距離を走ったら、必ず間に短い距離を入れるとか。あとは、だんだん試合に向けて本数が減っていくとか。たとえば、100m3本が、試合が近づくにつれて最後1本になっていく。技術練習やったりね、そういうのは、多分他校ではやってないと思う。
あとは、僕は自分がアメリカに行ったりして勉強したものもある。ヒューストン大学とかに行かせてもらって勉強して来たので。そこで習ったこと、たとえばカール・ルイスのコーチのトム・テレツさんのところで勉強したことも、やはり今の練習のベースになっている。あとは今、非常に有名なウサイン・ボルトの練習も、いろいろなところから情報を得て勉強させてもらった。それもうまく取り入れて。いろいろなものをうまくミックスさせて自分なりに、高校生用にアレンジしてやっている感じ。だから、自分で編み出したものってのはないかも。
―アメリカまで勉強に行かれたんですね。
運が良かったんですよ(笑)。8年間くらい、日本陸連の強化をやらせていただいたし、オリンピックの強化もやらせてもらったし。北京、ロンドンとやらせてもらったので、そういう意味では、世界の練習、試合を見ることができ、かなり勉強になった。ここ(栄)の練習はほんとに独特。他では多分やってない。
走る練習はそんなに多くないけど、それ以外の種類がある。僕は道具もたくさん使うし…遊び心のある練習も多い。コンセプトは「飽きさせない」。100mを10本走らせるくらいなら、もっといろいろ違うことをやって、同じ長さを走ったほうがいい。違うことをやったほうが飽きないから。いかに練習を楽しく、連続的にやるのか。これを全部やれば、100m10本分になる、というように、いろんな方向からアプローチ。
アメリカだとね、スーパーのカートとかまで使うんですよ。あれを、ずーーっと押しながら走るの。面白い練習がたくさんあった。超一流の人たちが、そんなのやってる。いろいろ物を使ってるね。日本にはないような、ネットでしか売ってない道具とか(笑)。いろいろな工夫をして練習する、それによって、凄くきついんだけど、終わった時に楽しくできた、きついけど達成感があったというような練習がいいと思うんだ。
―(スマホを使って、エクセルやラインを使った練習メニュー表、生徒への配信を見せてくれる)わ!凄い。
ライン大活用ですね!(笑)。
ラインもやらないとダメ(笑)、なぜなら、ラインは見たか見ないかが分かるでしょう?毎日これをやってる。最初に、大きな日程を送る。
たとえば、この日からこの日までの練習はこういうパターンで、こういう休みで、学校の行事はこうなってて…とか。大会まであと何日とか。そして、一人一人、みんな違う練習メニュー。全員分、出す。
―凄いですね。エクセル表に、一人一人のメニューが整理されてる!
たぶん、練習計画を作るのが相当得意なんですね(笑)。たとえば、「目指せインターハイ総合優勝」というターゲットを作ったとする、そうすると、今度の大会ではどのくらいの記録を出せばいいかというのが全部決まっているんだ。100mはこのくらい、200mはこのくらいと、選手の力によってね。その数字も書き入れる。
―目標タイム?
目標じゃなくて、達成できるはずのタイム。各自の能力を普通に出せば、このくらい行けるだろう、出るはずだっていう。このジャマイカ・スキップAとかBっていうのは、ボルトが毎日やってるドリル。この「前へのスキップ」というのは、昔、モーリス・グリーンがやってるのを目の前で見て、いいなと思って取り入れたもの。あとは、マークというのは、1m85cm間隔で、ずーーっと丸いマークが置いてあって、その上を走る練習。人によって、1m85cmもいれば、1m90cm、2m、2m5cmとか…人によって、足の長さによってストライドが違うんだけど。人間て、速く走ろうとすると、ピッチ、回転が速くなる。そうすると、自然と歩幅が狭くなるんだけど、それでは結局「速く」ならない。歩幅は同じで回転を速くするには、物を置かないとダメだというのが、この練習。そしてアップは全員共通。
たとえば、この初見という子は、100mを11秒8で走る、今高校ランキング1位なんだけど、この子なんかだとこの日はこういう練習を…200m2本で、Rというのはリカバリー、100m1本、1分休んでスタート・ダッシュ。バトン練習して、最後は補強をやって終わるよと。
このように、一人一人、みんな違うメニュー。たとえばこのハードルの子だったら、200mのあとに100mハードル1本とか。週間天気予報も書き入れてある。うちは、雨天でできる走路もあるから、雨でも練習するんだけどね。グラウンドも全天候だから、わざと雨の中で練習するときもある。陸上の試合は雨でもあるから。これは自分にも送っている。選手からは、練習後に、きょうの練習はどうだった、うまくいった、うまくいかなかった…というメールとかラインとかが来る。そうすると、選手ひとりひとりに返信。「結果を出したい気持ちが強ければ強いほど、しっかりポイントを意識して練習しましょう」とか、「これからは調整が大事だから、食事や睡眠に気をつけて」とか…。
―練習後のやりとりも大変ですよね…。
全員で29人いるけど、夜遅くメッセージ送ってくる子もいるし、朝に来る子もいるけど、それに対しては必ず返事する。僕は海外も多かったから、メールならどこにいても出来るしね。
シャイで直接しゃべれない子も、メールなら書けるし。文章でやっちゃいけないのは、僕側からは絶対きついことは書かないこと。
―短距離の選手などは、やはり食事上の注意事項などもありますか。
変に気にすることはないが、偏食の子もいるから…。そういう子に対しては言ってる。骨が弱くなるから、必ず魚を食べるようにねとか。体重は一切気にする必要はない。うちの練習を普通にやってれば、絶対太らないから。別にきついわけではないけど。筋肉もつけすぎなくていい。バランスボールを使ったりして体幹補強はするけど、重いものは持たなくていい。僕は、すらっとしてるほうがいいという考えなので、いわゆる筋肉増強はやらないんだ。6か月もうちの練習をやれば、ぶよぶよでもかなりすらっとするよ。
―先生自身が、陸上界に入るきっかけとなったのは?
大学時代、「教師になるんだったら陸上とかやっておいたほうがいいのかな…」って思って、軽い気持ち、ほとんど遊び半分で陸上をやっていた。最初の勤務は公立中学校になったけど、当時は自分が陸上部顧問になるとは思ってなかった。でもたまたま陸上が空いてて…。で、始めたときはあまり強くなかったんだけど、やってるうちに「負けるのやだな」って思い始めた…そしたらどんどん強くなってって、全国でも有数の強豪クラブになった。
そのあとに、もっと上に行きたいと思い、埼玉栄に来させてもらった。だから、たまたまそれが陸上競技だったのかもしれないんで、もしかしたら野球だったかもだし、バスケだったかもだし、サッカーだったかもだけど…たまたま陸上だった、そして深みにはまった(笑)。
―指導する楽しみにハマっておられるのでしょうね。
そうですね、どこまで選手を伸ばすことができるんだろうというのが、やはり一番の醍醐味だと思う。
たとえば、その子の持ってる能力をどこまでひっぱり上げることができるのかなと考えるのが、非常に楽しいことだったのかも。
―陸上競技の醍醐味とは?
やはり、一瞬で勝負が決まるところ。100とか200mとかだと。たとえば、サッカーとかなら点を取られたら取り返すことが可能だけど、100mはスタートに失敗したら負けてしまう。その一発勝負で、すべてが決まる、瞬間的に、10数秒間ですべてが、勝負が決まる。そういう緊張感の中でやる競技と言うのは少ないから。
―指導者の方々、選手たちへ、先生のアドバイスを。
過去の経験とか、常識にとらわれないこと。常に創意工夫して、もっとこうしたらいいんじゃないかという発想を持ってやれば、もっと強くなり、日本人でも世界に通用するようになるのではと思う。だから、やはり発想を豊かにすることが凄く大事。
iPhoneを作ったスティーブ・ジョブスのように「Think different」――やはり、他と違ったことを考えないと、何も始まらない。陸上競技というのはほんとに単純な、走るだけの競技だから、その中でいかに工夫していくか。たとえば練習場所がなくて苦労されてる学校もあるかもしれないが、その中でもいろいろ工夫してやることで、もっと選手の能力を高めることができるってことを常に考えるのが、選手自身も大事。
―今後の目標は?
ここへ来て18年だけど、その間インターハイで7回総合優勝してるし、オリンピックも行ったし…ほぼ全種目優勝してるので、ほとんどやり遂げてしまった。だから今は、子供との関係の中で、彼女たちが目指しているものを手助けしてあげて、感動するのを見たい。負けても勝ってもどっちでもね、終わったあとに「やった!」って気持ちを味わえれば。自分の子供くらいの年齢だしね。「インターハイへ行きたい!」とか、そういう思いで頑張ってる姿とかを見ると、自分も感動する。

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