東海大学付属諏訪高等学校 バスケットボール部
入野 貴幸監督
飛龍高等学校 バスケットボール部
原田 裕作監督<前編>

実はこの二人、学生時代にチームメイトとして同じ時を過ごした間柄である。
入野の方が一学年上ではあるが二人は年の差を感じさせない程に仲が良い。
平成29年度のウインターカップでは入野は長野県代表として、原田は静岡県を代表して全国大会に揃って出場を果たした。同大会での二校の素晴らしい活躍を記憶しているバスケットファンは多くいるだろう。
トップ指導者&選手特集51回目は、前編・中編・後編という形で、二人のインタビューをお届けすることになる。奇しくも今回の記事で51回目となる記念すべき掲載に、日本バスケットボール界を支える若き指導者二人の特集を組めるとは、なんと幸いなことであろうか。
初回である前編では、偶然にも指導者という同じ道を選んだ二人に、東海大学在学時のエピソードや、恩師・陸川章氏への想いを聞いた。

取材日2017年12月23日

―お二人とも本日は大変お忙しいタイミングに関わらずインタビューをお受け下さいましてありがとうございます。こういった形でお二人がお話をされるのは初めてですか?
入野:そうですね、二人で話すのは初めてです。
原田:初めてですね。
入野:なんか変な感じです(笑)以前、別の形で大濠高校の片峯先生(※片峯聡太…福岡大学附属大濠高校バスケットボール部監督)と対談させて頂いたことはありますけれど。
原田:入野さんはエリートだから(笑)
入野:エリートじゃないし(笑)
―(笑)原田先生は対談という形のインタビューは初めてですか?
原田:僕は初めてに決まっているじゃないですか。
入野:でも最近は、メディアとか雑誌とか引っ張りだこですよね。
―そうですよね。
原田:出させてもらってます。今年だけ(笑)
入野:いやいや~
―これからも原田先生と飛龍高校の記事に注目ですね。それでは早速お話をお聞かせ頂ければと思います。まずはお二人の出会いについてですが、初めて会った時のことは覚えていらっしゃいますか?
入野:実はあんまり覚えてないですね。
原田:高校時代に、一応試合はしたことあるんですよ。
入野:3月に京都で招待試合がありまして、僕が高校2年、裕作は1年の時かな。その試合で対戦しているんですけどお互いに全く覚えていないです。俺らが勝ったんだよね?たまたま僕ら東海大第三高校(現東海大諏訪高校)が勝ったんです。
(※入野貴幸氏は東海大諏訪高校出身/原田裕作氏は福岡第一高校出身)
原田:僕らは京都招待の時、全敗だったので地獄の遠征になりました。
入野:その後、大学に入ってきてからどうだったかな…(チラっと原田先生を見ながら)
原田:大学に入ってからは普通に先輩と後輩でしたよ。
―そうだったんですね(笑)では、大学で初めて会った時はお互いにどのような印象を持たれましたか?
入野:裕作はどちらかというとクラッチシューターって言うのかな、バシャーンって気持ちよく決める選手だった印象です。だからインカレで初優勝した時の、最後の美味しいところを持って行ったのもそういう部分からきてるのかな(笑)その時僕も会場で観戦していたんですけど、裕作らしい終わり方だなって思いました。ちょっといい加減なところもあったかな~(笑)
―ではお二人の間でも喧嘩とかあったりしたんでしょうか?
入野:どうかな(笑)それは裕作の方が覚えているかも。
原田:あんまり入野さんとバチバチやり合うことは無かったですよね?
入野:うん、それは無い。裕作と喧嘩みたいのは無かったですね。僕もきつく怒ることとかは無かった。そういえばアメリカの遠征の時一緒だった?下のチームで。
原田:一緒でした。それで入野さんはプ~ンって上がっていったんです。
―どういう意味ですか?プ~ンって
入野:僕が4年で、裕作が3年の時アメリカ合宿に行って、そこで自分はキャプテンだったんですけど僕ら2人は1番下のチームで一緒だったんです。そこにヤンチャな後輩たちがいて、2人であいつらなんとかしようって言いながらやっていたのは覚えていますね。
原田:アメリカ遠征をきっかけに入野さんは上に上がっていったんですよ。
入野:上にって(笑)アメリカ遠征がきっかけで、試合でのプレイタイムが伸びていったんです。
原田:僕はもう、一定ですよ(笑)安定のポジション。
―安定のポジション(笑)原田先生から見て入野先生の印象はどうでしたか?
原田:うーん、入野さんの印象…これは今も変わらないですけど、基本的にはまず凄く真面目なんですよ。真面目というかしっかりしている。この印象は今もずっと変わらないですね。バスケットだけではなくて、私生活とか勉強とかもきちっとしている。きちっとしすぎだろ、みたいな。
入野:間違いない(笑)
原田:だけどお酒が入るとちょっとでたらめだったかな(笑)そういうギャップがあるから後輩たちも皆ついてきたのかなって思います。そこが真面目一辺倒だと「なんだこいつ、面白くないな」って思ってしまうんですけど。
入野:オン・オフがきっちりしていると捉えて下さい(笑)
原田:凄く面倒見が良い先輩だなって感じです。
入野:馬鹿やれるときは一緒に馬鹿をやるって感じですよ。
原田:そうそう。
入野:でも、やるべきことをやって、ですよ。
原田:そこが入野さんの凄いところです。この人は練習で一切手を抜かないし、やるべきことはきちっとやる。まぁ、僕は手を抜いちゃう(笑)
入野:そう言っていても、裕作も負けん気が強いから、きちんとやっていましたよ。勉強は教えてたっけ?
原田:勉強も教えてもらいました。
―ええ!?勉強もですか?
原田:入野さんは勉強もかなり出来る人だったので。
入野:かなりって(笑)
原田:だってずっと奨学金を貰っていましたよね?
入野:学科内で上位一位だったので奨学金がもらえて、その奨学金で携帯代とか遠征費を払ったり、自分の好きな物を買う時はそこから使っていましたね。
原田:何においてもきちっきちっとしてます。部屋とかも綺麗でした。
入野:部屋はあれだな。今思うと確かにきちっとしてた(笑)部屋出る時は絶対クイックルワイパーをかけて、一回掃除入れて部屋を整えてから出かけていたんですよ。いつ誰が来ても良いように。
―そういう心配りをされていたんですね。
入野:う~ん、親父に言われたことの影響ですかね。「いつ死ぬか分からないし、もし死んで誰かが部屋を見たらどうするんだ!」みたいに言われた気がする(笑)
―原田先生は整理整頓は如何ですか?
原田:僕は普通ですよ(笑)部屋とかそんな汚くしないですよね?
入野:裕作はそういうところは凄いです。ファッションセンスとかそういうところ含めてお洒落でしたよ。
原田:皆さんの想像よりはしっかりしています(笑)でも、大学時代はとにかく楽しかったからどうかな~
入野:そうだね。今思うと本当に楽しかったし、時間があるのも大学時代。三者面談とかでも保護者と生徒に「大学で色んなことを学べる」って必ず言います。今はお金で時間が買えるなら買いたいくらいですよ。
原田:確かに、時間が一番欲しいですね。
入野:どの仕事も大変で時間が無いとは思いますけど、本当に時間が欲しいです。基本休みが無かったりするので。
―そうですよね。大人になってから改めて時間の大切さに気づきますよね。ところで入野先生が4年生、原田先生が3年生の年に東海大学は2部から1部へ昇格を果たしたわけですが、その年はお二人にとってどんな1年間だったのでしょうか?
原田:実はその前の年にも入れ替え戦に行ったんですよ。その時は法政大学に負けて1部昇格を果たせなかった。
入野:そうなんです。前の年は入れ替え戦の1戦目で勝っていたんですけど、終了間際でシュートを決められて、嫌な感じで終わったんです。それで2戦目もその勢いでまくり返されて上がれるはずが上がれなかった、みたいな感じでした。でもあの時のチーム状況は、OBも含めて色んな人が言っていますけど、やっぱり東海大の1番の過渡期だったと思います。
原田:色んな意味で変革期でしたね。
入野:そう。僕の2個下、裕作の1個下に、当時U-18の代表だった選手が5人入ってきたんです。それでバスケ部の強化が加速的に進んだ時期でした。でも部には今までなんとなくやっていた人も当然いるわけで、彼らとのギャップの溝がなかなか埋まらないという時期もあった。
それで僕が4年になった時にはお互いに言うべきことはちゃんと言おうとなりました。例えそれが(竹内)譲次であろうが、言うべきことはきちんと言う。上手い下手じゃなくて、一生懸命努力していればちゃんと発言するべきだし、それが健全なコミュニケーションだと思うんです。それが上手いからこいつには言えないっていう人間関係は良くないと思うんです。幼い子供たちのスポーツだと、あの子が上手いからキャプテンで、その子の言うことを聞く、それでその子も偉そうに強く言ってしまう。それは全然違うと思うんです。だから、チームとしては色々複雑な時期だったかな。
原田:あいつらが入ってきて最初の1年はやっぱり色んなことが難しかったですよね。チームのルールとかも含めて、少し曖昧になったというか。ただ入野さんの代になって『あいつらの良いところもしっかり認めよう』という風になった。だからこそあいつらも『先輩たちもこういうことやっているから俺らもちゃんとやらないとな』って、上手く噛み合い始めた代だったと思います。実際にあいつらも良いところはかなり良かったですもんね。
入野:そうだね、僕も彼らに学んだんですよ。例えば警備員が来るまでシューティングに打ち込むとか、バスケットに対するストイックな姿勢っていうのは凄く刺激を受けた。自分たちの代で指導者になったりバスケットに関わっている人が多いんですけど、それは自分1人だけとかでは決してなくて、周りの、横との繋がりが良かったのかなと思います。
原田:コミュニケーションが増えましたね。あいつらとの。
入野:うん。それで、ルーズなことをしたらそこはきちんと注意をする。
原田:でも僕は一緒にルーズなことしちゃうんですけど(笑)
入野:(笑)
―先輩としてはなかなか大変ですね…
入野:いや、でも裕作は言えば分かる方だったから。
原田:でも大丈夫です!ルーズな奴らは僕の言うことは聞くんです!
入野:なんか一派を作ってたよな(笑)
―軍団的なやつですね(笑)
入野:裕作は気持ちが分かるからね。
原田:そう。𠮟られてるとすぐ慰めちゃう(笑)
―お二人は飴と鞭の関係だったんですね。
入野:それはそうでしたね。本当に自分たちの代は飴と鞭の人間がバランス良くいて、飴と鞭の間を取れる人間もバランス良くいたんです。そういったことで、結局良いも悪いもお互いちゃんと言い合えたのかなって思います。
原田:それはありますね。
―チーム内でのコミュニケーションも密に取った1年間だったというわけですね。
入野:そうですね。オンコートだけではやっぱり駄目だなって思いました。オフコートで如何にチームメイトとコミュニケーションを取ったりするかが大切でした。
原田:飲みに行ったりとかもそうですし、ゲームをしたりとか。
入野:選手によってゲームにも個性が出て面白いよな。
原田:そう。バスケと一緒で性格が出る。細かいやつとか適当なやつ。
入野:石崎(巧)とか、譲次もゲームに性格が表れていたよね(笑)
原田:あと井上(聡人)もね。
入野:もう一人阿部佑宇っていう選手がいて、阿部が2年の時に僕が世話係みたいな感じで面倒を見ていたんですけど…
原田:阿部は入野さんと組んで良くなった。1年生の時はもうチャランポランだったもん(笑)本当にひどかったんですよ(笑)
入野:ひどかった…(笑)
原田:実は、阿部が1年生の時の世話係は僕だったんですよ(笑)
一同爆笑
―そこは突っ込んでも良いんでしょうか?(笑)
入野: (笑)でも実際にそういうことを考えると陸さん(※陸川章…東海大学バスケットボール部監督、元日本代表)は上手いです。「お前は誰々担当な」とか言って、人に仕事を託す。それで託された側も陸さんに言われると、使命を感じて「よし、やろう!」となる。あれは今思うと人心掌握術っていうんですかね。
原田:今も上手いですよね。
入野:上手い。直感でやっているのか、論理的にやっているのか考えると正直、直感なのかな、とは思うんだけどね(笑)
原田:それと陸さんは、仕事を託したら本当に託すんですよ。中途半端に介入してこない。
入野:そうだね。自分も含めて駄目なパターンだと、託した割にはちょっと口出したくなるじゃないですか。陸さんは託したら任せてくれるので、そこらへんが懐の深さって言うのかな。
原田:受け入れる力が凄いです。
―今、陸川先生のお話が出ましたけど、改めてお二人にとっての陸川さんとはどんな存在なのでしょうか?
入野:今まで出会った人の中で一番尊敬出来る人です。大学に入ってから、もう一度「俺、バスケットが好きだな」って思わせてくれた人なんですよ。目標に対するエネルギーの注ぎ方が凄い。陸さんのバスケにおける情熱は指導者になった当初から今も変わらないです。例え話ですけど、松岡修造さんと陸川章先生が話したら24時間じゃ足らないよね。
原田:うん、足らない。
入野:そう言い切れるくらい情熱が凄い。普通の人だったら恥ずかしいような言葉とかも本気で伝えてくれるんです。
原田:あれはあの人にしか出来ないこと。
入野:感動というか、魂を揺さぶられるんです。そういうことは学んで出来ることではない。人間性というか。僕がいつまでも陸さんを追いかけ続ける理由ですね。
―原田先生は如何ですか?
原田:僕も入野さんと一緒で、本当に凄く尊敬しています。今まで出会った人の中で一番の人格者でもあり、さっきも言いましたけど、色んなことを受け入れられる人。そして実際に行動に移す人です。そういうことに対して迷いが無いし裏が無い。人って「これやったらどうなのかな」とか色々考えたりしてしまうけど、あの人の場合は「やろう!」となったらとにかく行動が早いです。そこが人を強く惹きつける部分だと思います。そして何よりコートの中でも外でも凄く情熱的な人ですね。実際に僕も指導者になって思いますけど、あれだけの情熱を注げるっていうのは簡単なことではない。Aチームの選手だけでなく、Bチームの選手一人一人に対してきちんと向き合ってくれて、当時から凄く忙しい人だったけれど、1時間とか2時間とか平気で僕らのために時間を割いてくれた。当時陸さんは40代くらいだよね。
入野:そうだね、40代半ばくらいかな。
原田:その年であれだけエネルギッシュなのは凄いと思います。指導者って僕の中では厳しいイメージだったんですけど、考え方が一変しました。実は陸さんに、二日前に会ったばかりなんですけど、相変わらずでかかったです(笑)
―陸川先生とても大きいですよね。
入野:僕らが学生の時は、譲次が入ってくるまで一番でかかったですよ。
原田:でかかった。2メートルですからね!
―陸川監督と言えば仏のように優しいイメージがあったのですが、どちらかというと情熱的でエネルギッシュな方なんですね。
入野:そうですね。特にルーズボールに飛び込むことを凄く評価してくれます。裏で隠れたところで頑張っているプレイを、ハッスルスタッツって言うのかな、数字には残らないハッスルプレイに対しての評価をきちんとしてくれる。だから自分も能力が高いわけではないけれど、ディフェンスを必死にやるだとか、そういう情熱をもってやることに対して評価して貰えたことが嬉しかったです。そういう人ですね。
原田:あとネガティブにならないんですよね。
入野:そう。絶対ポジティブ。
原田:だから人を見る時もポジティブなところを見る。悪いところじゃなくて選手の良いところを見て評価してくれる。それが意外と指導者って出来そうで出来ない。
入野:うん、出来ないね。
原田:自分も指導者になって思うけど、どうしてもマイナスの部分ばっかり見てしまう。しかも陸さんのそういうところは今も変わっていない。
入野:メンタルトレーニングの方法論を学ぶことも大切だけど、陸川先生のポジティブシンキングを学んだら凄いと思う。
原田:なんだったら『陸川章 ポジティブシンキング』って本を出せばいいのに(笑)
入野:(笑)それぐらい凄い。なんかやれるっていうか、そういうエネルギーを持っているよね。
中編に続く

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