四日市中央工業高校 サッカー部 樋口 士郎監督
四日市中央工業高校 サッカー部
樋口 士郎監督 インタビュー

高校サッカーの天王山と憧れられる冬の全国高校選手権。この大会にこれまで31度の出場を果たしてきた名門:四日市中央工業高校、通称「四中工」を、20年に渡り率いてきた指揮官が樋口士郎だ。
自身も小学生からサッカーを始め、四中工へ。主将を務め、その後は日本リーグでプレイ、日本代表候補にも挙がる一流プレーヤーだった樋口は、選手としての「華」な部分と実力勝負の容赦ない「厳しさ」、その両方を痛感した現役時代だったという。
そんな体験が、今度は指導者としての自身に宝となる。強豪部119人の大所帯を、レギュラー11人以外の心情も汲み取りながら、きめ細かいアプローチで率いて来た。現浦和レッズの坪井など、Jリーガーや代表メンバーも数多く輩出。定年まであと5年、それまでに悲願の「選手権単独優勝」を果たしたい、再び日本代表レベルの選手を育てたいと、熱い目標を抱いている。
穏やかで親しみやすい関西弁からは想像もつかないが、現役時代には一発退場を食らったこともあるという激しさを内に秘めた名将の、サッカー人生を垣間見てみよう。

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取材日:2014年7月4日

―まずは、サッカーに対する思いを聞かせてください。
自分にとっては、ほんとに人生そのものという感じ。自分の人生を豊かにしてくれたものであるし、自分自身を成長させてくれたものという実感があります。
―先生の人生になくてはならないもの、ということですよね。
そうですね。いろんな方と出会えたことによって、ほんとに充実した人生を歩ませてもらっている。
自分も指導者として、サッカーを通じていろんな出会いがあればいいなあと思って、今やらせてもらっている。一生関わっていきたいと思っています。
―先生の考えるサッカーの醍醐味とは??
正解がないということを、最近、凄く思う。日本のサッカーはワールドカップで負けてしまったけど、ポゼッションがどうのこうのとか、フィジカルがどうのこうのとか…。
それから難しいのは、チームスポーツだけど個人の判断がベースになっているし、名手が11人いても勝てない競技だし…。技術、戦術、体力、メンタル、そのどれもが要求されるし、そのバランスが良くないと結果が出ないですしね。高校選手権なんかは特に、技術、戦術、体力だけでは勝ち上がれない、何か見えないものがあったりとか。
―見えないもの…。
そうです。チームの一体感とか…。何か、これをやれば勝てるとか、これが正解だとかいうものが、追求していけばいくほど難しくなってくるというのが、サッカーの醍醐味かなという感じがする。
―11人と人数も多いし、役割分担なども細かいのでしょうか。
バランスだと思いますね。そのチームの中の、ゲームを決定づけるような中心選手と、それを支える周りの献身的なプレイとか…。また、サブ、11人以外のメンバーの役割だったり、それ以外の100人近い部員の空気であるとか、そういうものが全部出てくるのが、高校選手権やワールドカップだと思うんですね。そう考えると、正解って何なのか、と、ほんとに…。面白いなという感じがする。
―現役時代の先生は、どんな選手だったのですか?
まず、小学校5年生からサッカーを始めて、中学の先生との出会いがあり、全中に出させてもらった。そのあと四中工(四日市中央工業高校)へ進学して、師匠である城先生に鍛えて頂いて、選手権で準優勝できたというのが、高校時代の一番の思い出。そこで「頑張ったらこういう世界があんのやな」ということを知った。そののち、ワールドユースの日本代表候補にも選んでいただいたのだが、そこで今度は自分の実力というものを知った…。最終的には、代表にもワールドユースにも選ばれなかった、候補止まりだったんですね。そのあとは日本リーグでプレイしたのだが、選手としての華やかな部分と、厳しさの部分、その両方を感じることができたので、私にとっては、選手としてはやりきった感がある。「頑張ったらええことあるけども、そんな甘くないよ」、そういうことを感じた選手時代でしたね。
―選手としての厳しい部分をご自身で体験しているからこそ、選手の気持ちが分かる指導者でおられるのかなと。
そうですね。選手時代も、周りからは結構華やかなイメージで見られがちだったけど、試合に出れないこともあったし。そうすると、サブの気持ちであるとか、チームの空気とかは感じることが出来たので、指導者になってからそういうところは凄く財産になっていると思う。
―ちなみに先生は、選手時代はずっと同じポジションをやってこられたのですか?
いや、全部やりましたね(笑)。最初、小、中、高は攻撃的なセンターフォワードとか、今でいう1.5列目とかそういうポジションだったが、結局は日本リーグでは通用しなかったので、後ろのほうにだんだん下がっていって、ボランチをやったりセンターバックをやったり。キーパー以外は、日本リーグで全部経験した。
―なるほど。そういった経験も、指導に活きているのでしょうね。
ところで、今お話ししていると、先生はとても穏やかな感じなのですが、選手時代もそうだったのですか?
いやー、どっちかというと、瞬間的にかっとなったりする部分もありましたね。
―えー、想像できないです(笑)。
一発退場になったこともあるし…。まあ、普段は、普通にしてればそんなこともないが。まあ、どっちかと言えば、穏やかなタイプだったかもですね。負けん気は強かったけど。
―そんな選手時代を経て、今は一流の指導者として活躍されています。
指導者として、選手時代とは違った醍醐味も教えてください。
とにかく、選手がうまくなっていくことに関われるのが、一番の喜びですね。想像をはるかに超えることがある。
例えば、今浦和レッズの坪井という選手、もう引退間近だけど、ドイツ・ワールドカップに出てるんですが、彼はうちでは最初Bチームの三軍スタートだったんですよ。無名選手で入って来て、三軍スタートで、そして四中工でレギュラーをつかんで…。そのときの僕らのイメージでは、大学に行って、まあユニバーシアード代表くらいになってくれたらいいかな…という感じで。まあ、真面目で身体能力は高かったから。そしたら、大学でも育って、浦和レッズに入って、ワールドカップにまで行った。僕らの想像をはるかに超えた…非常に勉強になった。
もう1つは、選手としては大成できなかったが、指導者として大成してるという子らもおる。四中工の3年間で選手と関わらせてもらうことによって、いろんな選手の新たな部分を発見できたりとか、僕らが思ってる以上の潜在的な能力が花開いた時がやはり一番、指導者冥利に尽きるなと。もちろん、選手権で勝つとかもあるけど、「ああ、この子、こんなんなったんやな」というのが、自分にとっては一番面白い。
―毎年そういう子たちが出てきて、ほんとにやめられないですよね。
そうですね。去年の、ベスト4になったチームなんかはまさにそうだった。去年は、選手権に出られればいいなと思ってたら。あれよあれよという間にベスト4まで行ったので。ほんとに凄いなって。何か持ってる。
―高校生という多感な時期の選手たちを指導する上で、心がけていることは?
まず目標設定をして、自己分析をして、実践と反省を繰り返すサイクル。そのサイクルに入れるかどうかだと思う、この年代は。スパルタでやるだけでもダメだし、ボトムアップ理論ですね…。選手たちに全部任せるというだけでもダメだと思うし。とにかく、選手が「こうなりたい、でも自分の長所と短所はこうで、今、自分はこの位置にいる」というのを、把握しないと。こういう努力をやっていかなきゃならない、それを毎日の練習、試合で確認をする、そのことを3年間続けるようなメンタル、まあ意識改革というか…。そういう選手になってほしいなと思いながら、毎日やっている。
―選手側の自主性と指導側の指示のバランスが難しいですね。
難しいですね。手助けするというか…。要は、選手が自分で、「こうなりたい」という気持ちが大事なわけで。選手権で優勝したいとか、Jリーガーになりたいとか。で、それが明確になって、じゃあ今の自分の立ち位置はどうなのか、と…。Jリーガー・レベルのスキルがあるのか、フィジカルがあるのか、ということを自分で考えて。じゃあそのためにどんな取り組みをしなければならないのかを、毎日確認しながら練習していく、試合をしていく、という風になるように。ときには厳しく、ときには優しくアプローチをしていくというのが、今の毎日の取り組みなんです。
―なるほど…。先ほど、予想以上に化ける子もいるとおっしゃってましたが、将来有望な選手を見分けるポイントとは?
先ほど言ったように、目標が明確になって、自己分析が出来る選手ですね。
―やはりメンタル。
最終的にはそこかな、と思う。四中工でも、身体的には代表クラスの選手も何人かいた。でも、そのメンタルの部分で、嫌なことから逃げる、自分をコントロールする力を持っていなくてつぶれていった選手もたくさんいたので…。やはり、最終的にはメンタル。この子ほんとに自発的に考えながらやっているなという選手は伸びていくなと思う。
―テクニカルな部分もお聞きしたいのですが、先生独自の戦略、練習メニューなどはありますか?
大学、プロなど次のレベルに行ったときに通用するようなベースをこの年代で作りたいと思っているので、戦略というより、原理、原則をしっかり、この年代でやりたい。それは何かと言えば、もっと具体的に言うと、意図的にボールを奪うということ。それから、なるべく高い位置で奪いたいということ。相手のゴールに近いところで奪って、そこから速く攻めるというのが世界の主流なので、そこを追求していきたい。そこができないときには、後ろからボールを動かしながら。
最後は、攻撃に関しては、連動性っていう、まあ2人3人がからむようなコンビネーションとか、あとはやはり1対1のところで勝負できる、それが理想かなと。攻撃はほんとに自由、いろんな発想を持ってゴールに向かう、守備は激しく意図的にボールを全体で奪いにいくというのを、「四中工サッカー」として目指している。
―日頃の練習時間、バランスは?
放課後は、2時間~2時間半くらいですね。練習の組み方としては、土曜日がゲーム。そして日曜日がリカバー・トレーニングと、サブメンバーのゲームという形。月曜日は完全オフ、火曜日がフィジカル・トレーニング、体力中心で、ボールを使って走ったりする。それで、水、木、金が戦術トレーニングなんだけど、それは次のリーグ戦の対戦相手によってとか、次のゲームを見据えたような形。
守備をやらなあかん週もあれば、攻撃に比重をかける週もあるし。
―今後の夢、目標などを教えてください。
僕も定年まであと5年、四中工の三代目として、うまく引き継いでいきたい、伝統を継続するということが1つ。あとは、うちの基本理念として、ワールドカップで活躍できる選手というのが1つあるので、選手指導者として、もう1度代表レベルで活躍できる選手、ワールドカップとかオリンピックに、うちのOBが出てほしいと…。または、代表レベルの指導者が、出てほしいなというのが、今のところの夢。
―一流の選手と一流の指導者が揃っている学校ですものね。
いやいや、そんな(笑)。しんどいですよ(笑)。
―ちなみに、今年度はどんな感触ですか?
去年のキャプテンの抜けた穴が非常に大きいので、そこが埋まればまた頑張れるかなというのはあるが。とにかく選手権に出て、うちの悲願の単独優勝を目指して頑張りたい。
―最後に、全国の指導者の方々にアドバイスをお願いします。
そんな偉そうなこと、言えへんのですけど…。とにかく、僕らがいつも考えているのは、この選手のここが変わったらもっとうまなるのにな…とか、この選手のここが成長すれば、Jリーガーになれるんちゃうかなとか、代表になれるんちゃうかな、ということを、毎日考えているんですね。それを、ピッチの様子とか学校生活の様子とかを観察して、アプローチしていく。一言でいうと「プレーヤーズ・ファースト」という言葉がサッカー界にはあるが、選手が第一、どうしたらこの子たちがもっとうまくなれるのかなということを、毎日観察してアプローチしていくという作業を繰り返せるかどうか、ですね。
あとは、四中工119人部員がいるのだが、どこのチームにもスタッフがいると思うが、うちには外部指導者も混ぜて7人いて…。大事なところは、ほんとに1人の監督では出来ないので…。うちの強みはスタッフなんです。優秀なコーチ、トレーナーがいる。スタッフのベクトルを合わせると。そのチームにはいろんな理念があると思うし、四中工は四中工の理念を共有し、ベクトルを合わせながら、毎日選手に接していく、プレーヤーズ・ファーストを大事に考えながら、スタッフ7人が協力しながら1つの方向に向かう、そういう考え方が一番大事かなと思う。
―選手に対してのアドバイスはどうでしょうか。
目標をしっかり持つ。その目標に対して自己分析をする。その目標を達成するために、今自分は何をしなければならないかを考えて取り組む。毎日、毎試合確認する、そのサイクル、一種のゾーンを継続できる選手は、ほんとにうまくなると思う。1つのポイントは、うまくいかないときに周りのせいにしない。苦しいときに頑張る。そのサイクルを、苦しいときもうまくいかないときも、自分自身を振り返って、分析して取り組める選手は伸びていく。要は、ほんとにJリーガーになりたいのだったら、もっと頑張れよ、と(笑)。

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