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トップ指導者&選手特集

ピラティス・ボディ・コントロロジー・スタジオ 主宰 川名 昌代先生
ピラティス・ボディ・コントロロジー・スタジオ
主宰 川名 昌代先生 インタビュー

現在、世界的にブームになっているピラティス。日本の巷のフィットネス・クラブなどでも、クラスを受けるため長蛇の列ができるほど、人気は高まっている。
そのピラティスの、創始者直伝メソッドを日本に広めたのが、川名昌代氏。ピラティスというものが日本ではまだほとんど知られていなかった14年前、NYに渡って学び、資格を得てティーチングを始めた。いわば、日本ピラティス創世記のパイオニアのひとりであり、草分け的存在だ。
05年には渡辺満里奈のピラティス本を監修、8万部を超えるベストセラーとなってもいる。
広尾に開いたスタジオも、今年で10周年。優しげな表情で穏やかな語り口、そして細身の体つきからは想像もつかないエネルギッシュさで、日本のピラティスをここまで築き上げてきた。川名氏のこれまでの足取り、そしてそのピラティス哲学を語っていただいた。

取材日:2014年4月9日

※ピラティスとは…
ドイツ人従軍看護師ジョセフ・ピラティスによって、1920年代に提唱されたトータル・ボディコンディショニングのメソッド。健康な身体を取り戻すことを目的に作られた。傷病兵のリハビリにも使われたものだけに、慢性的痛みの改善にも効果的。シェイプアップも期待できるなどいいことづくめで、今や全世界的ブームとなっている。

―創始者、「ピラティス」さん直伝の教えを学ばれたんですよね。
はい、まずNYで。もう亡くなったけれど、ピラティスさんから直接習ったロマーナさんというおばあさんのレッスンを見学するため、毎朝6時半にスタジオに行ってた。
準備に1年、コースで1年、全部で2年弱くらいNYにいて、資格を取り、帰って来て東京で教え始めたんです。
―当時はまだ、日本ではピラティスはまったく浸透していなかった。
どのようにして、教えることになっていったのでしょうか?
たまたまラッキーだったのが、まずは2年ほど、ある大学でアシスタントとして教える機会に恵まれた。そしてその次には、当時出会ったあるアメリカ人のお客様が、「アメリカン・クラブで教えないか」と言ってくださって…。あとは、NY時代のピラティス仲間経由で、パーク・ハイアット東京(ホテル)のスポーツクラブでも教えるようになった。そのうちに、両クラブのお客様に「家に来て教えて」と言われるようになり…。このような経過を経て、最終的に、マシーンを持ってスタジオを開こうと思い、作ったのが04年。資格を取りにいったのが2000年…。
―すごいスピード、ペースですよね。
(笑)、そうでしょう。でも実は、スタジオとか、開きたくはなかったんです。だけど、雇ってくれるところがなければ、自分でやるしかなかった。01年に資格が取れて、日本に帰って来て教えてはいたけど、家だとマシーンも使えないし…。今年でちょうど10周年。
―ピラティスさんのもう一人の直弟子、ロン・フレッチャーに学んだのは、そのあと?
そう。彼が養成コースをやっていることを知り、今度はアリゾナに行った(笑)。凄く良かったので、その後何回も行ってしまったんだけど(笑)。
NYのスタイルも良かったが、一人で教えてるうちに壁に当たって。「できない人にはどうやって教えたらいいのかな?」とか。…。お客様で痛みがある方もいたけど、ロンさんのメソッドは凄く細かく、痛みも無くなる。凄いなと。それで、アリゾナの「10日間コース」、レベル1を7回、レベル2を2回、受けた(笑)。
英語で細かいことを理解してるかも不安だったし、何より自分の体が変わるのも面白かったし。
そんなこんなで、あっという間に10年。2か月に1回くらいアメリカに行っていたが、今ではそれが貯金になっていると感じる。自分の中の引き出し。
―ピラティスにハマったきっかけは、バレエでけがをしたからだとお聞きしたのですが…。
バレエは子供のころからやっていたが、高校のときに体操部に誘われて…人数が足りなくて試合に出られないからと(笑)。2年生の秋の試合で、平均台からの着地に失敗して足を折ってしまった。バレエも突然できなくなって…その後、短大に行って就職したけど、何か体が不調で。バレエに復帰してもどうも調子が出ず、粉砕骨折した左足がまた痛くなってしまう。挙句の果てに立てなくなってしまった。
そのとき見てもらったお医者さんが、森下洋子さんなども見ていた、バレリーナをよく治療している有名な先生で。その先生に「ピラティスでもやってごらん」と薦められたんです。
―そこから、ピラティスに魅了されていったのですね。醍醐味は何なのでしょうか?
体って、こんな風に動くんだなってことが面白いし、凄い。体が変わっていく、不調が治る。
フレッチャーさんのは細かいが、よりエッセンスが濃い。自分にとっては、体の不調を治してくれたという意味で救いでもある。
―爽快感などはあるのでしょうか。
やっている間はきついけど(笑)、終わった後は爽快。痛みがあるということは、何かが狂っているからなのだが、それを治すと痛くなくなる。バレエにも復帰したけど、痛みなくできた。
―リハビリ的要素もあるとか…
いわゆる「リハビリ」とは少し違うのかな。リハビリは、今の状況に対応して生活できるようにするという考え方だけど、ピラティスの考え方は本来ある機能を取り戻すということ。
ピラティスは、「見た目」も変わる。姿勢が良くなるので、体重が変わってなくてもスッキリ、痩せて見える。
―ヨガとの違いは?
ヨガは、元々、インドの修行僧がやるものだったと聞いているが、ピラティスは、ピラティスさんが自分の健康を取り戻すため、ギリシャの健康法などさまざまな文献を読んで勉強し、作り上げたもの。なので、まずは発祥と年代が違うということ。あとは、目的も違うと思う。
ヨガの最初の目的は「人間を超える、解脱」というイメージだけど、ピラティスの場合は、「人間を本来の健康な形に戻したい」ということ。
―呼吸法も違うと聞いたのですが。
かなり違う。特にフレッチャーさんのは、凄く専門的な呼吸法。腕や足を動かしていても、一呼吸するたびに胴体全部が使われるような呼吸法。それをやっていると、腕や足の関節が守られる。
―指導上心がけていることはありますか?
大きく分けて2つある。まず、言葉の吟味。ある言葉に対して、自分が思っているのと、相手が抱いているイメージが違うことがある。日本語の引き出しを多くしないと、意味が違って伝わってしまうことがあるので。良く言葉を選ばないといけない。
あとは、教える相手に対して、愛情を持つこと。まずはその人を受け入れないと、受け取ってもらえない、伝わらない。どんなにいいことを「教えてあげる」って思っても、受け取ってもらえなければ私たちの仕事は始まらない。
―先生独自のメソッドなどはありますか?
アメリカ人と日本人の違いを感じるので、まずは、痛い人に対しての「プレ・ピラティス」みたいなものを作って、やってみている。アメリカ人のようにガンガンやらなくても、日本人はそこまで大きくなったりはしないので、丁寧な動きを小さく繰り返すことをやってから、本編に入りましょうと。それが私のオリジナルと言えるのかも。
―現在のピラティス・ブームについては、どう感じていますか?
「必要な」時代になったのかなという気がしている。コンディショニングという考え方がね。
それを求める人が増えてきたのかなと。
―指導者、またピラティス・ファンへのアドバイスをください。
指導者の方には、できるだけ誠実にやっていただきたいなと思う。ファンの方へは、楽しんで、自分の体を管理できるというか、ちょっとしたことなら自分で治せるようになってほしいですね。

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