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新田高等学校 柔道部 浅見 三喜夫 総監督
新田高等学校 柔道部
浅見 三喜夫総監督 インタビュー

鍛えるべきは、体以上に「心」―――柔道家、浅見三喜夫は、「柔道バカ」は育てたくないと繰り返した。
世界選手権を制した浅見八瑠奈は実の娘、ロンドン五輪銀の中矢力など、多くのトップ選手を育てて来た浅見の極意は、柔道家としてというより人間としての「心」を構成する、4つの柱だ。いわく、感謝、素直、謙虚、反省―――この4つがある限り、柔道にも、人生にも、失敗することはないと、浅見は言う。
また、最後の「反省」は大事だが、「後悔」は何の意味もないからするな、とも…。柔和なその語り口は、何だか人生訓のようで、確かに柔道をやっていない者の心にも染み入ってくる。素晴らしい人間になることが、柔道での自身も強くする。
「心が鍛えられる」浅見の言葉を、じっくり噛みしめてみよう。

取材日:2014年4月28日

―先生にとっての柔道とは。
今の私があるのは、柔道のおかげというのはずっと思っている。その恩返しを、一生をかけてしないといけないなと。私の柔道人生の始まりは中学からだったが、弱くて…(笑)。中学のときの最高は市の優勝、だいたい2回戦負け。でも、中学の先生が、「新田に行って柔道をやれ。新田がお前を欲しいと言ってるぞ」と薦めてくれたんです。あとになって分かったが、結局これは嘘だった(笑)。実は、先生から新田のほうにお願いしてくれていて、そして私のほうには、新田が欲しいと言ってると。騙されて来たわけ(笑)。これは、大学のときに聞いた。体も小さかったし、57kgくらいで…実績もない、まあ、後で考えると、「それはそうやな」と思ったけど(笑)。でも、そのおかげで今がある。加納先生が「己を完成して世を補益する」という壮大な理念、素晴らしいと思う。新田の建学の精神も、「社会に貢献する有為な人材の育成」、また一緒ですよね。
―先生ご自身も、恩師の方々があって、ここまで来られたわけですね…。
そうそう。みんなそうだと思う。
―恩師は、先生の秘めた才能を見抜いていたのですよね。
そうですかねえ…。まあ、結構、大物喰いなところはありましたね(笑)。
―「一生、柔道」の先生が考える柔道の醍醐味とは?
若いときは、相手に勝つとか、普段磨いている技が決まった喜びとか、結果が出る、よっしゃ!といった、そういうのが中心だと思う。それも大きな魅力。努力して、克服して、結果が出る。でも、私のように年を重ねてくると、柔道の魅力というのはもっと他にあるなと。柔道というのは、スポーツというより日本の伝統文化という捉え方。柔道着というのは、帯がついている着物だし、畳で戦う。正座から始まり、安全を考えた受け身、相手に対する礼法、など、教育的価値が非常に高い。そういったところが、世界的に認められているゆえんだと思う。あとは、身体接触だから、言葉が通じなくても心で通じ合えるところも凄く魅力。私も、国際大会に出たり、あとは指導でも、アフリカと中南米に1か月近く行ったが、当然言葉は全く分からなかったが、実際に組み合って教えると、すぐに打ち解けられる。そういう魅力はあるなと思う。
―組んだら、相手が何人であっても、相手の人間性みたいなものがちょっと見えてくるようですか?
やる気なんかは特に伝わりますね。練習なんかでもそう。「こいつ、何を考えてるんだろう、やる気あるのかな?」って思ってても、組んだら、「あ、たいした選手じゃないが、気持ちだけはあるな」と感じるとか…。通じるところはあると思う。
―指導上大切にしていること、心がけていることなどは?
例えば、凄い選手を出すというのは、柔道という競技の中では大きいことだと思う。ただ、それは加納先生の教えからすれば小さなことで。やっぱり心の部分。柔道を通じて、心豊かな人間になってもらいたいというのを良く使う。柔道が強い選手が人間的にも素晴らしいとは限らない。ただ、人間的に素晴らしい選手は、必ず強くなっていくというのは間違いない。努力もするし、人の気持ちも分かるし、感謝の気持ちもあるし、「頑張らなあかん」という気持ちになってくる。指導者としては、人間的に成長させれば強くなるという考え方を持つべきではないのかなと。うちは高校生だし、俗に言う「柔道バカ」、「あいつ、柔道だけは強いけどなあ…」というふうにはならないように。将来のためには、高校生の本分はまず勉強だし、それをないがしろにしないように、その上で柔道だと。考え方としては、柔道の目標が高くなれば、私生活も変わってくると思う。例えば、体も大事にする、「面白いテレビあるから見ようかな、いやでも、やっぱ睡眠取らなくちゃいけないから早く寝ようかな」とかね…。食べ物とか飲み物とかにも気を使うようになる。目標を高く持たせるのが大事。
良く言っているのが、この4つがあれば人生で失敗することはないよということなのだが、1つは「感謝」。2つ目は「素直」、それと「謙虚」、そして「反省」。感謝というのは、自分がここへ存在していることへの感謝。生まれたこと、そして今の環境にいることへの感謝です。素直というのは、スポーツ選手というのは、監督に言われると何でもかんでも「はい」、「はい」なんだけど、「お前、聞いているのか」「はい」、「聞いてないんだろ」と言っても「はい」(笑)、これは素直ということではない。素直というのは、自分の頭の中で理解しようとし、もし分からなければ「すいません」と質問できること。子供というのは、小さい子だったら絶対そうでしょ、何でも「何で、何で」と言って聞くでしょ。逆に言ったら、指導者のほうもそれに応えられるだけの勉強をしとかないといけない。「何言ってんだ、昔からこれをやると決まってるだろ、ごちゃごちゃ言わずにやれ」というのでは、今の指導者はダメだと思う。納得させる。「君はこういうところが弱いから、ここをこうしないといけないでしょ」そういう理論的なところが必要。それとやはり「謙虚さ」。強くなると子供は、高校生ぐらいだと鼻が伸びてくるから…。「まだ伸びる時期じゃないよ」と、鼻を折ってやる役割も。土台を大きくしてから、「もう大丈夫だよ、いくらでも伸びろ」と。それまでにその子が成長してたら、やっぱりかっこ悪い伸び方はしない。「反省」は、自分でも心がけているしみんなにも言うが、後悔はしないと決めている。
良く、あとでああしとけばよかった、こうしとけばよかったと言うけど、これは何にもならないこと。ただし、次に進むためには、あそこでああいう失敗をしたから、今度はこのようにしとかないといけないとか、こういう準備が必要だとか、こうしましょうとか、前向きな「反省」でないといけない。この4つあればだいたい、柔道というだけでなしに、人生において失敗することはない。
―後悔と反省というのは、以て非なるものですよね。
全く違いますね。
―個人個人の力を引き出すために、先生が工夫していること
1日1日、1分1秒を大切に。道のものの中で言うなら、1本1本をいかに大切にしていくか。それをどれだけ積み重ねるかということだけだと思う。その中で、最も大事にしなければいけないのは、基本。応用は、はたから見てるとしんどそうだけど、それほどでもない。基礎体力を作るトレーニング、打ち込みなどの基本が、やったら一番しんどい。打ち込みなんかずっとやらされた日には、たまったもんじゃないが、こういった基本をしっかり。基本がしっかりしてる選手は当然強いが、もう1つ大事なことは、スランプに陥りにくい。一回はすんなり勝つこともできたりするが、相手も当然研究してくるしね。あとは、アドバイスするタイミングというのがある。「今だったら、こいつ、よく聞きよるな、染み入るだろうな」というタイミング。勝ってる時に言っても、有頂天になっているからね、「はい、はい」とは言いよるけど、本気では聞いてない。負けたときも、あまり、「お前、なんなんだー」と叱ったりしては、落ち込むだけでいけない。負けたときのほうが染み入りやすいけど、それも、そのタイミングや言う言葉とか。強く言ってもダメだし、染み入るような言葉で…。まあ、なかなか言葉では表しにくい部分もあるが、とにかくタイミングは大事。
―指導するっていうことも、とても難しいですね。
難しいですね。その子その子の性格も知っておかないといけないし。たとえば、みんなの前で言われるのは、たいてい嫌な子が多い。怒るときは個人的に呼んで。私は、褒めるのはだいたい得意ではないけど、褒めるのであればできるだけみんなの前で。叱るのであれば、できるだけみんなのいないところで。そして、本当に染み込ますのには、時間をかけて…。
―そのような深い思いで、選手を育て上げて来たんですね。その中でも、たとえばご自身のお嬢さん(浅見八瑠奈)や中矢力選手など、思い出深い選手たちについて、感想をお聞かせください。
基本的には、結果が出てる選手というのは、やはり自ら稽古を良くするので、あまり叱る必要はない。一生懸命で、逆にやりすぎる傾向がある選手が多いから、怪我をしないようにと注意はするが。それとやはり、崩れたら基本に立ち返らせることが大事。中矢については、一言で言うなら天真爛漫。八瑠奈と力に共通しておるのは、決してセンスは良くないということ。柔道を見たら分かると思うが…。亀のように1歩1歩歩んでいくのが大事だと思う。良く言うのがね、亀って、止まったら何に見えますか?動いているから亀に見えるけど、止まってしまったら、ただの石にしか見えないでしょ、と。二人とも、自分が亀であることを自覚して努力しているのが強さだと。間違っても、「あれ、自分はウサギかな?」とか勘違いしてしまうと、努力が少なくなってしまう。亀であることを自覚して、コツコツやっていかないといけない。特徴的なものとしては、二人とも体幹が強い。腕の強さ、それと粘り強さ、これが二人に共通していること。もう1つは、八瑠奈のほうは、自分の娘なので、オンとオフの切り替えを大事にしている。たとえば、学校では、私は一教師だし、彼女は一生徒だし、たまに叱ることもある。それで家に帰ると、家でも「お前、なんや今日は」とか、これは一切やってはならない。八瑠奈は小さいときから柔道をやっているが、家庭のほうで柔道の話題は一切しない。向こうも。だって、学校でも叱られ、家でも叱られ…だったら、逃げ場がなく、柔道自体を嫌になってしまう可能性がある。ですから、傍からは、「どうせ家でも教えよるんでしょう」などと言われることも多いが、本当にない。うちでは全くない。完全に切り離している。それはときには、ムカムカして「言いたい…。」てときもあるが(笑)、そこをぐっと我慢して。
―お互いに難しいことを努力しておられるのですね…。ところで、「体幹」と言う言葉が出てきました。先生独自の体幹トレーニングなどはやってらっしゃるのですか?
独自のというのはないが、今は、榎本くんという20代の監督がやっている。部長は高橋という私の教え子。私はちょっと立場としては教頭になったので、なかなかこれだけはやれず…一応副部長と、師範という形で残っている。うちの場合は体幹、綱をガンガン回すようなメニュー、最初練習前に、体操とトレーニングと含めてだいたい1時間くらい。そのくらいやると怪我防止にもなる。朝は基本的に走るほうを、だいたい30分ちょっとくらい。300から400m程度を、遅いほう、たいてい重い子たちだが、それを先に出して、後から速めの子たちが出て抜きにいくダッシュをやっている。あとは、心拍数や心肺機能を上げるために、マスクをつけて走ること。20年以上になるかな。元々は市販のものを使っていたが、あれは小さいでしょ、汗をかくと顎に落ちてきてしまう。今は、女子の監督の南条くんのお義母さんが京都の呉服屋さんなのだが、彼女がずっと特製の、大きめのマスクを作ってくれていて。中を見てみると、ガーゼのようなものが9枚くらい重なっている。
―マスクをつけるというのは興味深いですね。強度が上がるのか、心拍数…
最大酸素摂取量というのが増えてくるらしい。うちのラグビー部が、20数年前だけど、マスクをつけた練習の研究発表をやって、評判になった。それで、うちも使ってみようと。
―部員総数は?
49人。マスクは、200枚くらいの単位で、定期的にお願いしている。
―指導者の方々へアドバイスをお願いします
まずは、少年柔道を指導しておられる方々へ。すぐ目先で強くして、優勝させたいというのがあると思うが、まずは柔道を嫌いにさせない、好きにさせるというのが、少年柔道は一番大事。高校生くらいまで来たときに「燃え尽き症候群」にならないように。現役時代は知れたもの、高校からすれば10年か20年ちょっと。そうではなくて、「ほんとに柔道が好きや、一生柔道に携わっていきたい、将来的には指導者になりたいな」というような選手を育ててほしい。あとは、目先の勝利にとらわれず、遠くを見ないといけないという指導をしている。高校で入って来て、「よーし、3年後にはインターハイで優勝させよう」というのは、これは1つの目先の目標だが、そうではなくて、もっと、7年~10年後を見ようと。というのは、7年後と言うのは大学、10年後には社会人…。そして、たいていここで目が出なければ、世界で通用するのは無理。たいてい、出る子は大学の3~4年くらいまでに出てくるから。だから、高校生で預かった以上は、高校3年でではなくて、7年後、10年後を考えて指導しようと。もしかして、高校で目が出なくてもいいじゃないか、大学、社会人で目が出てくれたら嬉しい、そんな指導者。たいてい、高校の指導者は、高校で優勝してくれたら嬉しいものだが、そうではなくて、高校よりも上のレベルで勝った時に、心から喜んでやれる指導者になりたい。中には逆に、高校では優勝したのに、大学に行ったらぱっとしないとか、そうすると大学の先生を批判したりするものだが、そうではないと思う。どこへ行っても対応できる、頑張れる選手にしておけばいいわけであって。環境が変わったから生活も変わって乱れる、とかかもしれないが、それは相手の責任ではなくて高校指導者の責任と考える。長い目で見た指導が大事。
―選手へは。
勝ちだけにとらわれないこと。感謝の気持ち。柔道ってひとりではできない。必ず相手がいてくれるおかげでできる。打ち込みしてくれる、練習してくれる、受けてくれる、そういうところの気持ちが分かる選手でいてほしい。その辺が成長すると、柔道にも絶対いい影響が出てくる。柔道バカにならないようにと言ったが、全部共通してる。たとえば、柔道の先生が怒ったらいうこと聞くのに、教室の先生が怒っても聞かないとか、そういう二重人格の選手では困る。たとえば、授業の先生が、「あれ、どうしたの、最近変わりましたねえ、前は寝とったのに、最近は起きてしっかり勉強している。何かありましたか?」と聞いてくるようなときは、たいてい柔道でも良いほうに変わっている。「そうでしょ、柔道の打ち込み方も変わった、顔つきも変わりましたよ」というような。共通するんです。人間的な成長が柔道につながっているし、失敗もなくなる。まあ、最初から強い選手なんていない。山下選手だって、古賀選手だって、最初はみんな弱かった。そこからどれだけ自分が高い目標を持ってやっていくか、1日1日を大事にやっていくか、そういうことだと思う。
―体を鍛えるだけではなくて、それ以上に心を鍛えることが大事ということですね。
やはり、心。心がしっかりしないと、柔道が出来なくなる。

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