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川崎市立向丘中学校 男子バレーボール部
渡部 英夫監督 インタビュー

「勝ち負けよりも、子供たちの成長を一番近くで見られることに、僕は指導者としてやりがいを感じるのです」と、嬉しそうに話をする姿に名将 渡部英夫という男の全てを見た気がした。
中学バレーボール界の中で“神奈川の渡部英夫”の名を知らぬ者はいないだろう。赴任した中学校全てを全国大会へ導くなど、数多くの選手を育て上げた名将の一人である。その類まれな指導手腕は既に全国へ轟いているが、いったい彼はどんな人物なのだろうか…。トップ指導者&選手特集69回では、渡部氏が最も大切にしている指導に対する考え方や、公立の中学校ならではの工夫など、今まで語られることのなかった部分にフォーカスをあてたインタビュー記事をお届けする。

取材日2018年9月21日

―少し時間が経ってしまいましたが、全中大会についてお話を伺いたいと思います。向丘中学校としては久しぶりの全中出場ということになりましたね。
そうですね。向丘中学校が前回、全国大会に出場したのは昭和47年と昭和49年の大会でしたので、かなり久しぶりですね。今、星槎学園にいらっしゃる羽田野 (義博)先生が向丘中学校でご指導されていた頃、全国大会で優勝をしているのですが、それ以来の出場になりました。
―全国大会への出場が決まった時はどのような気持ちでしたか?
念願の全国大会出場でしたので決まった時は嬉しかったです。僕は今まで赴任した全ての中学校(野川中学校、有馬中学校、西中原中学校)で全中に出場することが出来ましたので、退職前の最後の赴任校となる向丘中学校でも全国大会に出場したいという気持ちで指導していました。向丘中学校に来て今年で5年目になるのですが、最初は部員も数人しかいなく、悪い言い方をするとルーズな環境でした。生徒が朝練に来なかったり、練習中に座り込んでしまうなど、5年前はそんな状態だったんです。だけど、そこから地道に努力を続けてきた成果が今回出てくれたのかなと感じました。
―全中では決勝リーグに進出されるなど素晴らしい成績を残されましたが、その点は如何でしたか?
目標だった全国大会に出場出来たことは嬉しいのですが、関東大会で子供たちの力が尽きてしまい、全国では少し厳しかったですね。普段から東京や埼玉の強豪校の皆さんと練習試合をしているのですけれど、今年の僕らは調子が良かったんです。関東大会でも富士見東中学、サレジオ中学、駿台中学に勝って優勝することが出来ましたので、今年は全国4強を関東勢が独占するかもとか、もしかしたら僕らも全国で結果が出るかもしれないと考えていました。だけど、怪我人や体力的にも厳しい状況の上、いきなり決勝リーグでサレジオ中学校と当たることになってしまって、とても難しかったですね。サレジオ中学校からしてみたら“関東大会のリベンジだ”という気持ちもあったと思いますし、かなりタフなゲームになってしまい、お互いに力尽きてしまったなと感じています。
―全中の舞台裏にはそんなエピソードがあったんですね。話は変わりますが、渡部先生が向丘中学校に赴任された当時のことをお聞きしたいと思います。バレーボール部は、部員数も少なかったと伺っていますが、その状況からたった5年で渡部先生は向丘中学校を全国大会に導かれました。一体どのような指導を展開されたのでしょうか?
よく子供たちにも伝えるのですが、僕は中学校の教員なので、決してプロの選手を育てているわけではありません。僕としてはバレーボールを通して立派な大人になってくれれば、という気持ちで指導にあたっていて、それを繰り返しているだけなんです。特にバレーボールのことだけではなく、中学生の子供たちが成長していく上での手助けをするつもりで指導にあたっています。例えば朝練に関しても、生徒が集合しているところに顧問が行くのではなくて、集合時間よりも前に顧問がグラウンドに行って、子供たちを待つという姿勢から、信頼関係が成り立つのかなと思います。子供たちも「この先生だったら」という風に感じると思うんです。そういう小さなことから始めて、こつこつと継続することで、今まで座り込んでいた子供もきちんと立って練習が出来るようになった。更に色んな学校に練習試合に行くことで、沢山の人に出会うことも出来ました。かなり昔の話になりますが、サレジオ中学校に練習試合を申し込んだ時も、サレジオ中学校のコーチの先生がうちの生徒を見てくれたんですよ。そういう人と人との繋がりが本当に大切で、子供たちも「人生が変わりました」と言ってくれるようになりましたね。
―信頼関係を築くところからスタートされたのですね。
そうですね。また、技術的なことで言うと、向丘中学校にはバレーボール経験者が少なく、東京の強い中学校と試合をしても簡単には勝てません。更に公立中学校ですので練習時間が限られていて、レシーブ練習とスパイク練習を日によって1時間程度しか行なえない。でもその中で、1年2年3年と学年ごとにチームを作り、常にゲームが出来るような状態にしたんです。それでゲームが出来る日には積極的にゲームをして、最終的には夏の前に学年関係なしに、全員に試合に出られるチャンスを与えるようにしました。そうすると子供たちもやる気が出るんですよね。
―誰にでも試合に出るチャンスがあれば、生徒のやる気も高まりそうですね。そういった渡部先生の工夫があったからこそ、5年目にして全中出場を果たすことが出来たんですね。ところで渡部先生は、どうして指導者になろうと思われたのでしょうか?
僕は中学2年生の頃からバレーボールをやっていたのですが、やはり春高バレーに出てみたいなと思い、東京から神奈川の法政大学第二高等学校に進学をしました。そして春高、インターハイ、国体を経験させてもらう中で、当時の監督に色々なことを教えてもらいました。今はもう亡くなられてしまいましたが、その恩師に教わっていた時に、自分も体育の先生になりたいなと思うようになったのです。進学した順天堂大学でも沢山のことを学びましたし、当時の仲間には全日本に選ばれる選手がいたりと、大学でも人生観がかなり変わりましたね。
でも、実際に教員になった時に今まで自分が取り組んできたバレーボールと、中学校でのバレーボール指導に違いがあることに気づいたんです。僕は公立中学校の教員でしたので、バレーボールだけをすることが出来ないんですよ。それこそ様々な家庭環境の生徒がいましたので、シューズも買い揃えられない子供もいました。そういう子供にはシューズを買ってあげたりとか、学校で悪さをするような子供たちを全員、バレーボール部で預かったりすることも多かったです。
―想像していた指導者像と現実は少し違っていたんですね。
そうですね。どうしたら良いか悩んでいた時に、川崎の中学校に有名な先生がいらしたので、その先生のところに通っては「中学校のバレーボールとはこういうものなんだぞ」と何年もかけて教えていただきました。それこそ、バレーボールの指導者というよりも中学校の先生であることが大前提なんだ、ということを学ばせていただきました。
―渡部先生はどんな時に指導者としてのやりがいを感じますか?
やりがいですか。バレーボールが上手くなってくれることは凄く嬉しいのですが、どちらかというと、体育の授業にしても、学校生活にしても、生徒が成長した時の顔つきを見れた時に「ああ、良いな」と感動したりしますね。関東大会の話になりますが私立の強豪を相手に勝てた時も、試合終了後にコートに寝転がってしまうくらい生徒が喜んでいた。その時の表情はグッとくるものがありました。また、決勝で駿台中学と対戦した時も4点くらいリードしていた時に、追い上げられたのでタイムを取ったんです。だけど僕が言ったことは「自分たちで何とかしろ」だけでした。子供たちはその指示で本当に何とかしてしまったんです(笑)だから決勝の勝利は彼らが成長した証拠というか、その姿を見ていて本当に嬉しかったですね。
―公立の中学校ではバレーボール経験者が少ないと仰っていましたが、実際に実技指導はどのように行なっていらっしゃるのでしょうか?
僕自身が高校、大学でもコンビバレーをずっとやってきていましたので、教員になったばかりの頃はコンビバレーのことばかりが頭にありました。だけど、実際に教えてみると中々出来ないんですよ。
―中学生だと難しいですよね。
そうですね。結局、色々な先生方に教えていただいて自分でも理解したのですが、中学のバレーボールではその年のメンバーに合った攻撃を作らなくてはいけないんです。更に、その攻撃をするためには、当然対戦相手の攻撃を拾える技術がないと、自分たちが攻撃出来ない。だから平日の月曜日と火曜日は守備中心のレシーブ練習だけをしています。
―月曜日と火曜日はレシーブ練習だけですか?
はい。だけど、なるべく実戦に近づけた練習をするようにしています。それは2~3年前にNHKの奇跡のレッスンという番組に出演させていただいた時、ブラジル人のコーチに「日本人は一つ一つの練習を一生懸命行なうけれど、実際のゲームの中でその技術を上手くしていかなければいけない」と言われたことがきっかけなんです。それからは出来るだけ、ゲームに近い練習を心がけるようになりましたね。アタック練習に関しては木曜日と金曜日に実戦的なメニューを行なったり、先ほども触れましたが、学年別のゲームをどんどんやるようにしていきました。また、体力が無いと勝ち進んでいけないので、朝練では走ったり、学校にあるものを使って体力向上につながるようなトレーニングをしています。僕としてはこれらの練習を一日一日しっかり取り組むことが出来れば、私立の強豪校にも追いついていけると考えているんです。周囲の方にも「向丘中学校は3年目にトレーニングの成果があらわれてくるね」と言っていただけましたし、その成果がきちんとあらわれるように毎日ひたすら取り組むのみなんです。
―指導する上で大事にしている部分はどんなところなのでしょうか?
やはり私生活の部分が大事になってきます。子供たちにも「宿題をしなかったら放課後残されて、練習出来ないよね」とか「悪いことをしたら先生に呼び出されるんだから、そしたらまた練習が出来ないよな」というようなことをよく言いますね。また僕は時間に対して結構注意をします。遅刻をしないことが大前提ですが「遅刻するのはしょうがない。その代わりきちんと理由を言いなさい」とか「連絡をしなさい」とかね。現代の子供は本当に喋れない子が多いので、そういうところから意思を言葉にするように言っています。自分の気持ちを他人に伝えるということはバレーボールの中でも重要なので、練習の時から会話をするように意識させていています。
―私生活を正すことが、バレーボールの強さに関係しているというわけですね。ちなみに先ほど関東の強豪校のグループと練習をされると仰っていましたが、どのような経緯で一緒に練習をされるようになったのでしょうか?
それは本当に勇気が必要だったのですが、僕が直接先方に電話をして、練習を申し込んだことが始まりでした。確か二十何年も前かと思うのですが、駿台だったり、サレジオ、安田学園が出てきてから、東京の中学校のレベルが本当に高くなっていき、とてもじゃないけれど勝てない状況が続きました。その時に東京に出向いて試合をしないと駄目だと思ったんです。その電話をする時は冷や汗ものでしたね(笑)サレジオ中学の八木先生も会議などでお会いすると「いつでも電話してよ」と言って下さるんですが、本当に緊張したのを今でも覚えています。でもその先生方のお陰で今の僕があると思います。駿台やサレジオ、富士見東って弱い年がないじゃないですか。彼らは毎年強いチームですけれど、僕らはそうじゃない。去年と今年は関東大会に出場出来ましたが、その前の3年間は本当に弱かったんです。だけどそんな時でも皆さんが「強いとか弱いとかは関係が無いから、練習においでよ」と言って下さって、一緒に練習出来たことが大きかったと思いますね。
―そうだったんですね。強豪校に練習を申し込むことは勇気が必要かもしれませんが、その一歩を踏み出すことで代えがたい経験や人との繋がりを得ることが出来るんですね。話は変わりますが、近年、学校の部活動のあり方が変わりつつあると感じています。渡部先生はその点についてどのようにお考えですか?
そうですね。最近では外部指導者の導入や部活動の時間に対しても様々な意見があります。僕らも部活の休養日を作らなくてはいけないので毎週水曜日は練習を休みにしています。下校時刻までの短い時間しか練習は出来ないので大体1時間半くらいしか練習は出来ません。その中で結果が求められますので、学校によって難しい環境は多々あると思いますし、そういったことから最近の教育現場では部活指導をやりたくないと仰る先生もいられます。しかし、子供たちの成長を実際に目の前で見ることが出来た、あの感覚を若い先生方にも分かっていただけると良いなと思いますね。今年の生徒たちは色んな取材を受ける中で「僕たちはチームワークの良いチームです」と答える子が多かったのですが、本当に学校生活を見ていても、よく仲間同士で助け合う姿を目にしました。関東大会にしても全中にしても、チームで宿泊しなくてはいけませんが、その移動の時間でも新幹線の中で、一緒に宿題をしたり、宿舎でも楽しそうに過ごしていましたよ。もちろん喧嘩をすることはありますが、彼らのチームワークというものには素晴らしいものがあるなと感じましたね。
―若い先生方には部活動を指導する上でどんなことを大事にしてほしいですか?
子供たちは、一見大人のように見えても、考え方が幼かったり、分からないことが山ほどあります。だからこそ、僕たち指導者は彼らが学びやすいように環境を準備することが大切かなと思っています。向丘中学校の体育館の話になりますが、僕が初めてこの体育館に来た時に、何もないような体育館、まさに体育館が死んでいるというな雰囲気でした。だから体育館の中に垂れ幕を沢山つけたり、体育館までの廊下に写真やらなにやらを飾り付けしていったんです。そうすると、やはり雰囲気がガラリと変わって体育館が生き返ったように感じました。これは部活だけではなくて、授業なんかでも同じですね。雰囲気を作り上げることで、子供たちって凄く楽しんでくれる。「授業が楽しい」と言ってくれるようになるんです。
―準備段階が大事になるんですね。
そうなんです。また「やってみろ」と言うのではなく、教えてあげないと子供たちは出来ません。そのためには教える側の指導者が一生懸命勉強をしなくてはいけないのですが、学校の仕事に追われてそちら側に手が回らなくなる。そうなった時、誰が一番悲しむかと言うと子供たちなんです。だから自分の仕事のペース配分を出来るようになることが大切かなと思います。余裕を持って仕事を進めていけるようにならないと、子供に教えてあげるための研究が出来ませんからね。
―先生自身が勉強することが大切なんですね。
僕は今年で58歳になりますが、58歳になってもまだ、バレーボールについて教えていただくことは多いです。例えば日本航空高校の月岡先生のところへ行っては練習を見学させてもらったりしますが、この年齢になると「人に聞くことが恥ずかしい」と感じる方もいると思います。だけどそうではなくて、自分が聞いて勉強したことはまた誰かに教えてあげることが必要なんです。実は向丘中学校の女子バレーボール部の顧問は僕が来るまで男子を見ていたんです。そんな関係もありましたので僕なりに「こうやって教えたらどうだ?」とか「練習試合をやってみたら?」とか言ってアドバイスをしたんです。そうしたら、凄く研究熱心に勉強をされて、それこそ指導DVDとか教材を見て研究したり、かなり成果が出るようになりました。女子を指導するようになって2年目くらいかな、関東大会に出場もしたんです。
―それは素晴らしいエピソードですね。
やはり、先生の研究姿勢とか、上手くしてあげたいという想いは、子供たちに伝わりますよね。自分が一生懸命勉強したことを教えることによって、生徒が上手くなる。成長していく姿を間近で見られることに喜びを感じてくれたら、指導者という仕事が病みつきになってしまうんじゃないかなと思います。その喜びを感じられなかったら、正直辛い仕事だと思います。僕も今年は一日しか夏休みがありませんでしたし、全中が終わった後の翌日に1、2年生の試合がありましたので、次の日は朝6時集合で出かけていきました。負けちゃいましたけどね(笑)
―続いての質問ですが、部活動を受け持つ上で親御さんたちとの信頼関係がとても重要になると思いますが、先生はその点についてどのようにお考えでしょうか?
これは非常に難しい問題ですね。とにかく最初は何でも自分でやるしかないと思います。僕も最初は父母会がないところからのスタートでしたので、色んなことを自分でやりました。例えば休日や試合日などを細かく書いた予定表を作って親御さんに配ったり、新入生だけの予定表を作ったりもしました。そういった事務的な仕事も親御さんに信頼していただくためには必要な業務です。でも結局はまず、父母会を作ることが大切ですね。言ってみれば親の組織作りをすることです。父母会の中でも会を取り仕切ってくれる代表の方を決めて、その上で懇談会やら、食事会を設けたりしながら、親御さんたちと交流を図っていく。また、自分たちだけでは大変だという姿を見ていただき、「親御さんたちに助けて欲しいです」という気持ちをアピールすることも重要ですよ(笑)
向丘中学校に赴任してきてまだ父母会がない時ですが、遠征に行くことになったので、承諾書を作り子供たちに配ったんですよ。だけど、しばらく経っても全く返事が返ってこない(笑)何でだ?と思って親御さんに確認したら、サインはしてくれていたのに子供たちが行きたくないからという理由で提出してこなかっただけなんです。その時にほとんどの親御さんたちが「先生、うちの子供を連れて行ってください!」と仰ってくれました。確か赴任して一か月くらいしか経っていませんでしたが、子供たちが少しずつ変化していったことに対して、親御さんたちが僕を信頼して下さったんです。そこから「父母会を作りましょう」という話にもなっていき、父母会との交流も始まっていきました。こうなってくると、親後さんたちも生徒と同じだと思います。協力してもらうためには、父母会のことも一生懸命考えて、誠実に向き合っていかないと保護者からの信頼は得られないですからね。
―保護者の信頼を得るためには誠実に、そして積極的に交流をすることが重要ということなんですね。それでは最後の質問になりますが、渡部先生の今後の目標をお聞かせください。
僕としては生徒たちに感動を与えてあげられるようなことをしてあげたいですね。チームの強さは目標とはあまり関係がないことだと考えていて、大事なことはバレーボールの練習にしても、言葉かけにしても、子供たちのためになるようなことをしてあげたい。彼らが努力をして、感動して涙が出るような体験を出来るように、僕が出来ることをしてあげたいと思っています。今年の関東大会で優勝出来た時、全員が感動して泣いていましたので、そういうことが今後も出来れば良いなと考えています。
また、僕はあと2年で退職になりますので“残りの学校生活の中で出来ることは何かな”とつくづく考えるのですが、やはり最後まで子供たちと一緒に過ごしたいですね。一緒に過ごす中で、僕が笑ったり泣いたりする姿を彼らに見せられたら良いなとか、色んなものを与えたいなと考えています。
―本日は貴重なお話しを聞かせていただき、ありがとうございました。
こちらこそありがとうございました。

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