トップ指導者&選手特集

大東文化大学 男子バスケットボール部
西尾 吉弘監督 インタビュー<前編>

第95回関東大学バスケットボールリーグ戦で首位を走る大東文化大学。(10月11日現在)初戦こそ強豪青山学院大学に黒星を喫したものの、チームの立て直しが功を奏し、以降怒涛の11連勝を積み重ねている。トップ指導者&選手特集では、そんな大東文化大学を率いる西尾吉弘監督にロングインタビューを行なった。前編となる83回では、西尾監督が若くして大東文化大学の指揮官に就任した際のエピソードや、大学生を指導する上で常に意識していることなどを語っていただいた。

取材日2019年10月11日

―西尾監督がバスケットボールをはじめたきっかけを教えてください。
僕は小学生の頃身長が大きくて、当時170cmくらいはあったと思うのですけど、その頃にクラブの先生からずっと「バスケットをやらないか?」と誘われていたんです。でも最初はお断りしていたのですが、小学校五年生くらいの時でしょうか、ある時、軽い気持ちでバスケットボールクラブに遊びに行ったら、凄く面白かったんです(笑)そこから一気にはまっていきました。
―どうして最初はお断りしていたのですか?
バスケットが嫌だったわけではなくて、実は当時サッカーをしていました。通っていた小学校がサッカーの凄く強い学校で、前年度も小学生大会で全国ベスト4になるくらい強かったんです。また当時はJリーグの影響で、サッカーが凄く流行っていた時代でした。それで僕もサッカーをしていたのですが、色々と上手くいかなくなった時に、先生からバスケットクラブへのお誘いがあったので、見に行ってみたという感じです。また、当時は勉強もしっかりやっていたのでスポーツをする時間がなかったことも、お断りしていた理由の一つですね。
―その後、西尾監督はどうして指導者になりたいと思われたのでしょうか?
誘われてもずっと断り続けていた僕ですが、バスケットを始めてからは、不思議なことに生活の全てがバスケットを中心に回るくらい夢中になってしまったんです(笑)何をやってもバスケットのことを考えてしまう少年になりまして、その頃くらいから漠然とバスケットに携わる人生を送りたいと考えるようになりました。中学校に進学してからもその想いは変わらず、自然と「バスケットに携わりたい」=「バスケットを教える」という経路が出来上がったんです。ですので、中学生の時にはもう将来はバスケットの指導者になりたいなと考えるようにはなっていましたね。
―西尾監督が考える理想の指導者像、チーム像を教えてください。
選手が迷って悩んでいる時に、その選手に合ったタイミングで、その選手のためのアドバイスをしてあげられる指導者になりたいと思っています。その選手の悩みが解消出来るようなきっかけを与えられるというか、言葉を掛けてあげられる指導者になりたいなと常に考えながら今も取り組んでいます。また理想のチーム像に関しては、やはり見る人に応援されるチームになりたいですね。試合を見ていて、自然と応援の声を掛けて貰えるだとか、そういったチームを目指したいとは思っているのですが、中々難しいです。
―ありがとうございます。話は変わりますが、西尾監督はどういった経緯で大東文化大学バスケットボール部をご指導されるようになったのですか?
僕は大東文化大学に在学していた頃、学生コーチをしていて、卒業後も出来ればコーチとして何処かのチームに携わりたいと考えていました。そして卒業後、大東文化大学のアシスタントコーチとして部に残ることとなったのですが、その1年後にずっと指導していただいていたベッカート・ランスコーチがアメリカに帰国することになってしまい、急遽僕がアシスタントコーチのまま、チームの指揮を執る形になったのがきっかけです。
―そのような経緯があったのですね。大学側は別の指揮官を探されたりはしなかったのですか?
OB会も含めて別の指導者を探してはいたのですが、選手たちにも恵まれていて成績も残せたということで、このままの体制でいこうということになり、そのまま続投することになりました。だから僕は運が良いなと思っています(笑)
―いやいやいや…しかし23歳の若さで強豪大学の監督を任された時、プレッシャーなどは感じなかったですか?
もちろん何もかも分からないことだらけで、毎日とにかく必死でしたね。プレッシャーというよりかは、まず「一日一日をどう乗り切れば良いんだろう?」という、不安な気持ちに囚われていて「分からない」「どうしよう」というような気持ちを抱いたまま、ずっと過ごしていました。
―悩まれた時、誰かに相談されたりしましたか?
その時期は誰に相談することも出来なかったですね。とりあえず自分に出来ることをやろうと思い、無我夢中で色々なことに取り組む日々でしたよ。でもあの時は選手たちに助けてもらいました。当時は竹野(竹野明倫…現大阪エヴェッサアシスタントコーチ)や阿部(阿部友和…現富山グラウジーズ)という経験値が高い選手たちがチームに残っていてくれたので、彼らを自由にというか、思い切ってプレーさせようと思い、そのために出来ることばかりを考えていましたね。だから他の面をあまり見えていなかったりと、後々になってそれがプレッシャーに変わってきたりもしましたが、ランスコーチからバトンタッチをした頃はもう、とにかく一日一日を無我夢中で過ごしていました。何かを考えてというよりも、「とにかくすぐに行動しないと」、「今日を乗り切らないと」という感じでした。
―そんな大変な経験をされた西尾監督ですが、大学生を指導する上で気を付けていることはありますか?
これは自分の経験からくるものなのですが、自分が教えたい型をそのまま学生に押し付けてしまうと、どうしたって反発や摩擦が起きてしまうと思っています。特に中学や高校でそれなりの経験をしてきている子供たちですので、それぞれに自分のバスケットスタイルが確立されていて、こちらとしてはそこを尊重しながら指導をしていかなければいけない。指導の中で大切なことはチームなのですが、その前に個を、一人一人の個性をしっかりと見極めて、その子に合った言葉やタイミングで指導することが大切だなと僕は考えています。もちろんチームスポーツですので、バランスもありますが、その辺りとも戦いながら、しっかりと選手たちの声を聞くということに気を付けています。
―具体的にはどのようにコミュニケーションを取られているのでしょうか?
長く時間を一緒に過ごすということは敢えてしていなくて、僕らのチームには学生コーチも沢山いますので、彼らを通してコミュニケーションを取ったりだとか、ラインなどで会話をしたりしていますね。
―ラインでコミュニケーションを取られているんですか?
はい。面と向かって話しづらいことなどはメールとかラインの方が腹を割って話せることもありますので、最初はあまり良くないのではないかと思っていましたけれど、それで選手たちの気持ちが分かるのであれば、そういったツールも活用しながらも、ここぞという時は必ず対面して話すようにはしています。
―大東文化大学はとても勢いのあるチームだなという印象を受けます。彼らの有り余る勢いを活かしつつも、チームとしてのバランスを取る時に意識していることはありますか?
うーん…やはり、自分できちんと考えて活動が出来ること、自分で勢いを爆発させて止められるということが一番大切だと思うので、出来るだけそういう空気になるように方向付けはしています。ただ、はっきりとこれ以上は駄目だなとか、選手の行動や言葉遣いが変だなと思った時は、気づいた瞬間に選手たちに注意するようにしていて、その時はあまり気を遣わないように伝えるところが僕のやり方かなと思います。なので、僕が想定している範囲内で彼らが暴れる分に関しては、予測などもある程度立てていますので、「どうぞ自由にやってください」という感じで送り出しています。選手一人一人の性格を踏まえながらこれくらいはやるだろうな、とか、逆にこの勢いを止めると彼らの良さがなくなってしまうので、失敗することは分かっていても、そのままやらせてみようかなとか、そういう予測は色々と立てています。ただ、それを越え始めた時や、このままだと越えてしまいそうだなと気づいた時にはストップをかけて、「チームとしてどうなんだ?」と彼らに問い掛けるようにしています。
―また、毎年激しいディフェンスが徹底されていますが、このディフェンスを重んじるスタイルは西尾監督にとって絶対条件なのでしょうか?
そうですね、絶対です。やはりディフェンスは頑張り度だと思うので、コートに立ったらインテンシティを高く継続すること、最後まで頑張ることを選手たちには求めます。ディフェンスは100%出来ることだと思うんですよ。ですので、ディフェンスに関しては毎年意識をしていて「ディフェンスが出来ない選手は試合には出られないよ」ということを選手たちにも伝えていますし、逆に僕が言わなくても自然と選手同士で感じ合っているとは思いますね。おそらく部の誰に聞いても「ディフェンスが出来ないと大東では使って貰えない」という風に答えると思います。その辺は凄く意識をしていますね。
―ディフェンスを頑張るというスタイルはいつ頃形成されたのでしょうか?
うーん…なんというか、自分の指導の中でこれだ!と言い切れるものがなかったんです。チーム全体としてもオフェンスにしてもこれだ!というものがなくて、とりあえず選手にあった戦術を取り入れていくというか、とにかく最初は見よう見まねでやるしかなかったんです。だけどディフェンスには最初から自分なりの考えがありました。ボールプレッシャーであったり、パスを入れられないようにディナイをしたりだとか、僕が特に気を付けていることは“気をつかう”ことなんです。同じディフェンスであったとしても対戦相手によって抜かれる可能性があるならそれをジャッジしなければいけないですし、プレッシャーが掛かっているならば、次にパスが回らないように判断してケアをしていかなければならない。状況をよく見て判断をしなさいというのはディフェンスの中でも重きを置いて指導していて、それが自分の中で一番自信を持って教えられることでした。だから自然と今の形になっていったのかなと思います。
後編に続く

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